Sweet dreams-DGS
□8話
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鎖骨の十字架にまだ余韻を残したまま、少々早めにパーティー会場へ向かうことにした。
移動はもちろん馬車を使うが、今日はせっかくなので家から街に出て少しのところで、乗合馬車を捉まえて移動することにした。
まだ他に乗客は乗っておらず、私たちは最初の客のようだった。
「そういえば、何のパーティーか聞いておりませんでしたね」
「ふむ……あの名探偵、そしてその同居人のことだ。想像している以上に様々な業界に顔が利くのだろう。……予想するには、広すぎる」
「そう、ですよねえ……まだ10歳だなんて。天才的ですよ」
いつも馬車の移動の時は眠っているのだが、今日に関してはパーティーを控えているからか、寝るに寝れない。
それでもまだ、バロックがいるというのはなんとも救いだ。
「……眠れぬのか」
「!」
「やけに今日は、馬車に揺られているのに目が開いているからな」
「……緊張するんですよぉ……」
やっぱり習慣のように馬車で眠っていたのが、今日は違うということに気づいたようだ。
緊張で眠れないなど、楽しみで夜眠れないのと同じようなもので子供みたいだが、バロックは優しく目を細めて笑った。
「何に緊張するのだ」
「……社交、とか」
「……まだ成人になって1年ほどしか経っていないのだ。無理もあるまい」
「そうですけど……」
イギリスでの成人年齢は21歳で、22歳である私はなりたてというわけだ。
でも、10歳であるアイリス・ワトソンもパーティーに出るのだから、どうこう言ってられない気がする。
が、敵うはずもないという諦めが半分あるのだった。
「ミレイは出世するわけでもないのだ。……無視すればよい」
「よいの、ですか……!?」
「何なら、オールドベイリーの死神という異名を使うか」
「じょ、冗談はよしてください……!」
パーティーが荒れる様子が目に見えたので、頑張って抑えようとした。
会話間に多少の沈黙があったものの、パーティー会場に着いたのはあっという間だった。
どうやら、ホームズとワトソンが住むベーカー街から近郊のようで、そこまで遠い場所には感じなかった。
こっそり馬車の中から外を覗けば、早速普段よりも増しておめかしした紳士淑女が集まっていた。
「あの、バロックさま先に行ってくださいね。ほんと緊張しますから」
「ふ、わかっている」
馬車から降りるときは、左手で裾を全て左側に流してつまみ、右手はバロックが差し出した手を掴んで降りた。
そのあとは裾をつまんだ手は離し、右手はそのままにした。
「皆様、気が早いのですね」
「思うことは皆同じなのだな」
いつ開場だとか細かいことは聞いていないのだが、その場の雰囲気を読もうととりあえずパーティー会場へ向かった。
既に開場はしており、後方の入り口から入ると、会場内では紳士淑女が会話を嗜んでいた。
ちなみに、会場はイギリスでは中くらいと言える規模だが、今は丸テーブルが3×3と等間隔で9つ並べられている。
今私とバロックがいる真反対の前方に、数メートルほど高く作られている、祭壇らしき壇があった。
きっと、今テーブルがあるところに椅子を並べれば、小さめの規模ながらミュージカルなどを行えるのではないだろうか。
「会話、食事、ダンス……程度か」
「見る限りそうですね」
「何か変化があるまで、隅で待つか」
「はい、そうしましょう」
開場はしているものの、丸テーブルに何も置かれていなかったり、本格的には始まっていないようなので、あまり目立たない会場内の隅でおとなしく待つことにした。
すると自然に、私が壁際にもたれてその前にバロックが立つ状態になっていた。
……意外なところに、緊張の落とし穴はあったみたいだ。
***
・成人年齢について
この世界……19世紀の頃のイギリスは、成人年齢は21歳とのことでした。
そして主人公は22歳なので、成人しているということにしております。
ちなみに、1969年に18歳に引き下げられています。