Sweet dreams-DGS
□拝啓、今貴方は何処で何を思っておりますか
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倫敦は真冬。
街並は雪の化粧をして、空からは重たい霧が立ち込め、まるで倫敦に住まう人々を逃さんとするかのようだった。
そんな朝、私は夢と現の間を彷徨っていた。
今隣にバロックはいない。
結婚する前も後も、大して生活は変わらなかったがそれは良い事も悪い事も変わらないということであり、
仕事で私が起きる前から屋敷を出て行くことも少なからずあった。
いつもなら隣で眠るバロックで頭がいっぱいになっても、今ばかりは叶わない。
そればかりか、好機と言わんばかりにある事が頭の中を占領する。
「……お兄さま……」
バロックの兄であり、結婚した後義兄となったクリムト。
彼はもうこの世にいない。
生前彼は弟の妻である私にとても良くしてくれて、私も"お兄さま"と呼ぶほどに信頼していた。
そんなお兄さまが、どうして……。
「ねえ……お兄さまは、今どこにいるの……何を、思っているの……」
こんなことばかりが巡ってばかり。
何よりも、クリムトの死は本人にとっても残された者たちにとっても不可解だったのだから。
――また意識が沈もうとしていく。
「……?」
すると突然、腰から腹にかけてぬくもりを感じた。
口元ギリギリまで上げているシーツのおかげで全身温かいが、それよりももっとあたたかい何かに似ている……。
そう、たとえばバロックに抱きしめられた時のようなぬくもりだ。
腰と腹にあるぬくもりは、腕のようなものだった。
思わずこんな言葉が漏れてしまう。
「お兄さま、ですか……?」
ぬくもりの主を確かめようと振り向くも、なぜかそれが阻まれてしまう。
すると腰と腹だけでなく、今度は頭を撫でられるようなぬくもりを感じた。
時々髪を梳いたりして。
私の問いに対する沈黙が正解であれ不正解であれ、ただお兄さまだと今は思いたかった。
「っ……、お兄さま、」
涙がどんどん溢れて来ても、不思議と気づかれたくなくて拭わずにいれば、枕に染みが広がっていく。
すると、
――『私は何も後悔していない』
そんな声が聞こえた気がした。
その言葉の意味がわかったのは、もうしばらく後のことだったけれど。
***
「お帰りなさいませ、バロックさま」
「ああ、ただいま」
「……今朝、不思議なことがあったのです」
「ほう」
「それで、思ったのです。……お兄さまは、私たちの傍にいつでもいらっしゃると」
「!」
敢えて"不思議なこと"の説明はしなかった。
今思い返しても胸が締めつけられるが、その反面安堵が少し戻ったような気がしていた。
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