Sweet dreams-DGS

□真実を隠す痕
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長く一緒にいる私でも、その真実を知らない。

彼が話す様子が無いため、私からは訊こうとしないようにしている。
第一、お互いに話を切り出したことが無いから、その話を避けていることすらもわからないが。
でももし、その話に意味があろうがなかろうが、彼に話す気があるなら話すはずだ。

こうしている今、一言も話そうとしていないということは、触れないほうがいいという証拠だろう。
――たとえ訊いても、真実には触れぬままに。










***










私がお風呂から上がり、寝室に戻ると先にバロックが横になっていた。
彼の体が小さく規則的に上下しているので、たぶん寝ているのだろう。
そういえば、私が起きていてバロックが寝ているなんて珍しいなと思いつつ、その寝顔を近づいて見てみる。

……悔しいほどキレイだ。

ああ、顔なんて見慣れているのに、こうしてパーツの一つ一つを意識した途端にこみ上げる思い。
一周回って呆れてしまった。





「……バロックさま……」





今日は、普段触れない部分に触れてみた。

バロックの額から眉間を通り、頬近くにかけて稲妻の如く刻まれている、傷の痕。
私は今まで、この傷に触れないようにしてきたし、彼自身も触れようとはしてこなかった。

――私すら知らず、バロックだけが知る秘密。
そんな何とも言えぬ状況に、心の奥底で燃えるものがあった。
こういうこともあまりしないが、普段彼が私にするように、彼の体の上に覆い被さってみた。……私がやると乗っかっているような感じだが。





「……失礼しますね。……」





ほぼ吐息と同じくらい小さく呟いた後、
バロックの体に体重をかけてしまわないよう、彼の顔の横に両手を置き、自分の体を少し浮かせて傷痕に唇を近づけた。

まずは触れるだけにすると、ピクリとバロックの体が強ばった。
もしかして痛いのかな、と心配になったが、早々に終えてしまおうと思った。





「ごめんなさい……」
「……」
「……っあ……!?」
「……」
「あ、なに、を……」





今度は傷痕にキスをしようとすると、胸と鎖骨の間に僅かな痛みが走った。
目線を下ろしてみると、さっきまで寝ていたはずのバロックが完全に起きていて、痛みが走った部分には血が滲んでいた。

思わず自分の体を支えていた腕の力が抜け、ふらりとバロックに倒れこんでしまう。
彼はしてやったり、という表情をしていた。





「ば、バロックさま……起きていらしたのですか……?」
「そなたが乗ってきた時だ」
「……ほとんどではありませんか……」
「何をするのかと思っていたが……。最後まで見守るのも一興だが、我慢が効かなかった」
「我慢……?」
「目の前に胸元があってはな」
「!!……」





胸元の噛み痕を見ながら愉快そうに笑うバロックに、すぐ胸元を隠した。
しかし既に喰われてしまった、というわけだが、それでも愛おしい気持ちが湧いてきて彼にしがみつく。

するとバロックが上体を起こし、ずり落ちるように彼の膝の上に乗る形になった。





「くく、まるで猫のようだな」
「ん……あの、えっと、私がキスしようとしたところですけど……」
「ああ、ここか」
「あの、痛くありませんでした……?」
「完全にNOとは言えないが……ただそれだけだ。怒ることもない。それに、そなたが積極的なだけで満足だ」
「そ、そ、うですか……」





バロックは傷痕に軽く触れながら、思ったよりソフトな感じで話してくれた。
それでも、痛みがあることには変わりないのだろう。
未だに不安げに見つめる私を、バロックは優しく宥めた。





「……何も案ずるな。いつか時が来たら教えてやる」
「……時が、来たら……」
「それを知ろうが知るまいが、二人で共にいれるだけでもうどうでもよかろう?」
「!……はい、バロックさま」
「そういえば、お風呂には入ったのか」
「ええ、先ほど」
「私はもう眠ってもよいが……」
「待ってください、もう少しこのままで……いさせてください」





バロックにしがみついた状態のまま、彼の胸に頬をすり寄せる。
これでは本当に猫だ。

でも構わない。
私の知らない真実が暴かれたとて、私とバロックの関係が変わるなんてないだろうし、変わらせるつもりもない。
今この時間を1秒ずつ、1秒ずつ沁み込ませていくことが、その真実を柔らかくする。そう信じているのだ。



〜終〜

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