Sweet dreams-DGS

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バロックは何らかの仕事を終えたのか、執務室へ歩を進めている。
隣、あるいは近くにミレイの様子はない。

執務室に眠りながら待っているのだろうかと、期待にも似た想像をしながら、扉を開けた。





「ミレイ、……!?」
「あら、先にお帰りになったのね」





聞き慣れない、低く甘い、誘うような声。
肢体はまるで谷と山のように膨らむところは膨らみ、くびれるところはくびれ、陰影もはっきりしている。
またそんな体を強調するかのような、露出を控えながらも体のラインに沿った服。

ソファには、そんな女がいた。足を組んで頬杖をつき、どういう意図かうっとりとした表情でバロックのほうを見ている。

体の特徴は置いておき、ミレイはこんな誘惑するような声ではないし、所謂この女のセクシーさではなく、可愛さがミレイの魅力だ。





「……誰だ、貴様は」
「今はそんなこといいじゃない。仕事終わりかしら?」
「…………」
「ふふ、警戒心のお強いこと。聞いた通りだわ」
「……誰に?」
「……教えない。ねえ、お話しない?」





バロックもいつもより増して警戒線を張っているが、この女も言葉で上手く躱してみせる。
ただ者ではない、と思っていいのだろうか。

女の問いに、バロックはイエスともノーとも言わない。





「ミレイ・シュヴェルツちゃん。検事さんの大事な子なんでしょ?」
「……!」
「可愛いわ、あの子。同じ女でも、別世界の子なの。軽くからかったら涙を浮かべて。ねえ?」
「何かしたのか」
「そうねぇ……どう答えるべきかしら。非常に嗜虐心をそそる。貴方だったらよくわかるでしょう?」





ソファから移動せずとも、まるで女がバロックのところまでやって来るかのように、目が繊細に動く。
ねっとりとした視線で、バロックの体を這うようだ。





「ねえ、あの子を借りれない?」
「……どういうことだ」
「そのまんまの意味よ。私、あの子好きなの」
「……」





どうも、この女からは単純でない意図を感じる。
もしミレイを渡してしまったら、一体どうなることやら。
また女は、言葉だけで追い打ちをかける。





「そうね、あの子がダメなら……貴方でもいいのよ?」
「……貴様、」
「失礼しま……あ!」





重たい空気を裂き、灰色の雲が垂れこめたような執務室に光を射したのは、ミレイだった。
彼女が現れたことで、バロックは心の中でほっと安堵した。

ミレイは部屋に入るなり、バロックに申し訳なさそうな視線をよこしてから、女のほうへ駆けていった。





「もう、何をしていたんですか?私を待っている間……」
「秘密。で、もう大丈夫なの?」
「あ、はい!おかげ様で」
「……説明しろ、ミレイ」
「バロックさま、本当に申し訳ございません……説明しておりませんでしたね」





女と軽く会話をした後、女を隣に立たせた。
そしてミレイのほうから、女の素性を明かした。





「この方は実は……カヤの、お姉さんでして」
「……あの、弁護士の?」
「ふふっ。そうよ、検事さん」





今朝、ミレイはカヤに"ドレスの裾がほつれたから、直してほしい"と持ち掛けられた。
だがミレイは裁縫があまり得意ではないらしく、自分ではできない。
そこでカヤが、姉が裁縫が得意だったことを思い出し、カヤは裁判があるため、姉に来てもらって直してもらうことにしたのだという。

ちなみに、バロックがやって来る前に直しは終わっていて、ミレイがカヤにドレスを渡しに行っていたのだ。





「……事情は大体わかったが、なぜ弁護士の姉がここで待っていたのだ。一緒に渡しに行けばよかろうに」
「貴方に会いたかったのよ、検事さん。だってミレイちゃん、貴方のことを話すときが一番生き生きしているもの」
「ミレイ、」
「ほ、本当に悪いと思ってます……!お姉さんには何回かお会いしていて、そのたびに、バロックさまとのことを……」





姉の言葉にちらちらと見えていたが、カヤの影響か、ミレイとバロックの関係を知っている様子で、
ミレイは姉と会うたびにそのことをいじられるのだろう。

またミレイのことだから、姉の特徴的な誘惑する話し方で、言わざるを得なくなるのだろう。





「あら、もうこんな時間。今家には誰もいないんだったわ、カヤが帰る頃には居なくちゃ」
「お見送りしましょうか?」
「いいえ、オールドベイリーに馬車を呼んでるから、そこまででいいわ。じゃ、検事さん、また会えたらいいわね」
「……」





バロックは、いぶかしげに姉を見つめる。
見送る気がないのか、姉が執務室を出る寸前に、ミレイに気づかれないように訊ねた。





「ミレイには、手を出していないだろうな?」
「あら、どういうことかしら」
「どうも、会って話しただけに思えぬ」
「……好きに想像しなさいな」





意味ありげなウインクを残して、姉はミレイと執務室を去っていった。
バロックは部屋で一人、気持ちのいいとは言えない余韻に浸り、憂鬱気な雰囲気を醸しながらソファに腰掛けた。



〜終〜
 

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