Sweet dreams-DGS

□遠い日の、小さな約束
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これはまだ、ミレイとバロックが共に生活を始めて、数年ほどしか経たない時分のことだ。

10年のうちの数年ではあるが、なかなかバロックと打ち解けるには時間がかかった。
それがまた恋愛的なことになると、最近にまで差し掛かると言っても過言ではないほど、二人の関係は複雑なものだった。





「ファーストキスというものは……一体、いつ、誰に奪われるものなのでしょうか」
「……なんだ、突然」
「あの。ファーストキスは、想い慕う人にされるのですか?近親者は、含まれないのですか?私には、わかりません」





このように、脈絡もなく突然問うことはお互いによくあることだった。
二人で一緒に部屋にいることが多かった、というのもある。

たまたま読んでいた本に、ファーストキス……人生で初めての口づけをして、それに胸をときめかせるシーンがあった。
しかも、近親者……所謂家族にされたものは、キスに含まれないなどの描写も。
家族の記憶も、恋人の記憶も乏しく無いに等しい私には、その意味がいまいち理解できなかった。

バロックは、少々違う方向で答える。





「そういうものは……自分で勝手に変えられるものだ。自分で初めてと決めたときが、初めてだ」
「……貴方らしい答え方ですね」
「……そうだろうか」
「もし、されるなら……やっぱり、事故みたいなのじゃなくて……好きな人に、ちゃんとされたいです」





たとえば、眠っているときに自分が知らないところでされるのは嫌、だとか。
そういう例えをいくつか挙げていく。

それを言い終えるまで、バロックは自分の意見を挟むことなく聞き続けていた。
その行動が、真剣に聞いているのか、単に無視しているのかはわからないが。





「……だから、どうすればいいのでしょう。私には、される相手がいません……される、資格も」
「ならば……そなたのファーストキス。私が付き合ってやろう」
「……え?」





バロックが目と目を合わせて、私の前髪をはらい、よく見えるようにする。
たぶん、まだ警戒のバリケードが厚いゆえに、無意識に前髪で目を隠すようにしていたのかもしれない。
そしてそれを解くように、彼は語りかける。





「大方……自分にはする権利が無い、とでも思っているのだろう」
「……今、周りには貴方しかいませんから」
「それに、まだそこまでする心の余裕も、無いと見える」
「……」
「だからその初めてを、私が取っておいてやろう」





そう言われたその日も、その後も、いずれファーストキスで済むどころではないことになるとは、思ってもみなかった。
でも、バロックの言葉は強く印象付けられていた。

じゃあ、初めての日は、いつかしら。

私はきちんと、バロックはきちんと、ファーストキスを残すことを守り続けられていただろうか。
その記憶は霞み、ただあの日のバロックの一言だけが、私の脳内を漂い続ける。



〜終〜
 

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