Sweet dreams-DGS

□破片になっても壊れぬ記憶
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「あっ!」
「ミレイ?」





バロックの自室に響く、甲高く何かが割れたような音。
眼鏡をかけ、真剣な面持ちで机に向かっていたバロックが私の元にやって来た。





「すみません、バロックさま……割ってしまいました」
「あぁ、これは……。怪我はないか」
「え……あ、血が」
「ん……。それには触るな。あとはやっておく」





そもそもなぜ、このようなことになったかと言うと……。

私は、滅多に入ることのないバロックの自室に来ており、部屋の掃除をしていたのだ。
そういうことはメイドに任せておけばいいのだろうが、部屋の隅にある棚があまりにも埃だらけで、放っておけなかったのだ。
バロックも仕事が忙しいから、掃除も存分にできないだろうから、と。

そこでその棚の中を掃除していたところ、一番上の列にあったティーカップを割ってしまったのだ。


そして今。ティーカップの破片を触ってしまったためか、指に切り傷ができてしまっていた。
それに気づいた途端に、バロックに指を舐められていたのだ。





「バロックさま……!あの、いいですから……!」
「これぐらい、唾液で十分だ」
「う……それも、そうですけれど……」
「あと、このティーカップだが。心配せずとも、これは年季の入ったモノだ。いつ割れてもおかしくなかった」
「そうなのですか……?」





散らばった破片たちを、触らないように近づいて見てみるが、破片で見ても上等なものに思える。
そういえば、このティーカップを目にしたとき、バロックの声音が僅かに懐かしむようだった気もする。





「とても……幼い頃。このティーカップで、紅茶を飲んでいたのだ。まだ味覚も、幼い状態でな」
「!」
「非常に年月の経ったモノだ。捨てる気になれなかったのだ」
「……バロックさまの……」
「?」
「バロックさまの、幼い頃……!」





私の頭の中は、まるでお花畑。
別に子供が好きなわけではないのだが、現在のバロックの子供時代を想像するのは、いろいろな意味で困難である。

どうなったらこんなにかっこ良くなるのかというのと、小っちゃくて可愛いだろうなという妄想における困難だ。





「ミレイ……顔が真っ赤だ」
「きっと……子供なのですから、愛らしいに違いありません。ね?バロックさま」
「……」





少々熱を持った頬に両手を当て、うっとりとため息をつく。
二度言っておくが、決して子供が好きなわけではない。





「……過去のことなど、どうでもよいだろう」
「……私としては」
「?」
「"今"のバロックさまが一番いいと思います!……その眼鏡姿も。素敵ですよ」
「!……まったく」





背伸びして、わざとらしくバロックの眼鏡に触れて視線を合わせる。
目は口程に物を言う、というが、その通りで私の行動に彼の目が揺れた。

彼の子供時代を妄想する私に、手に負えないという表情をしていたバロックだったが、
何もかも諦めたという表情に変わり、頭の上に手が置かれた。





「ミレイ、休憩だ」
「休憩……?」
「ミレイ成分が足りぬ」





そう言って、ソファに座ると私を抱きしめて眠ってしまった、という一連の動作は、ものの数秒で行われたことだ。
結局私も眠ってしまい、なかなか夕食を食べに来ず様子を見に来たメイドに起こされるまで、長く眠り込んでしまっていた。


なぜバロックが、敢えて子供時代のことを切り出さなかったのは、今が一番という彼女と同じ考えであったということ。
それは、必要なくとも永遠に秘密にされることである。



〜終〜
 

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