大逆転学園!

□"想い"は一線を越えた、はず。
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また今日も、日直の担当が回ってきた。
寿沙都に、「今日は遅くなるから、待ちくたびれたら先に帰っていいよ」と告げて、日誌を書くため机に向かった。
そのまま黙々と続けていると、談笑していたクラスメイトもだんだん教室を出て行く。

そして気づけば、運が良いのか悪いのか、バンジークス先生と二人きりになっていた。
バンジークス先生は、私と同じように黙々とデスクに向かっていて、私にはわからない業務をしている。


傾いた夕日が窓から射し込んで、先生の頬を照らしていたので、熱くないのかなと心配になった。
そんな風に、日誌を書きながら時々先生のことを見ても、先生と目が合うことは無い。
今日だけ変な緊張をしてしまう原因は、やはり前の出来事。





『……貴様は』
『へ?』
『一体、誰の物だと思っている?』
『え?え、う、わ、私は……』
『……ハッキリ言わないとわからぬようだな』
『ちょちょちょ、お、お待ちください!何が何だかわからないですけど、心の準備が……!!』
『……なら、時間を置いてやろう』





実は、この出来事があってから1週間ほど経っていたのだ。
担任だから一度は顔を合わせることはあっても、バンジークス先生が忙しかったのか、こうして二人きりになるのは1週間ぶりなのだ。

視点を変えてみれば、心の準備をする時間を作ってくれた、とも思えるが――。
とにかく今の状況は、まさに絶好の機会ではないだろうか。

心の準備?出来ているわけがない。





「……よし」
「……」
「……」
「……」





そうこうしている間に日誌を書き終えてしまった。
日直の仕事はこれで最後だし、ずっと教室で待っていたら自信満々と思われてしまう。
それで直球で来られたら困る。

日誌を書くために出していた筆箱を鞄に入れ、気まずくて何も言わないまま、バンジークス先生のデスクに日誌を置いた。
そして綺麗に曲がって、教室の扉へ堂々と歩いていく。





「待て」
「!……」
「帰っていい、と言ったか?」
「……」





ああ、完全にその気だ。
バンジークス先生にお許しをいただかないと、家に帰ることすらできなくなったのか、私は。
いつものテンションで言い返そう、と思ったのに、なぜか身がすくんで動かない。

いつの間にか教室の扉のところにバンジークス先生がいて、しっかりと鍵を閉められた。
教室は広くても、今の私は檻の中のか弱い動物だ。
――逃げられない。そう悟った。





「……生徒は、家に帰る時間です」
「貴様、わかってここにいるのではないのか?」
「……」





その先生の問いに、私は鞄を床に置くことで、YESを表した。
先生もすぐ理解してくれたのか、私を近くにあった机の上に押し倒した。

あーあ、ごめんね。私のクラスメイト。
勝手に机を使っちゃって。
狭いし硬くて痛い……なんて、すぐ近くにバンジークス先生がいるのにそんなこと考えちゃう。





「……先生は、いつ私のことを知ったんですか?」
「……受け渡しの時だ」
「受け渡し……学年が変わる時ですね?」
「ああ。ホームズから貴様の特徴を聞かされた。一言で、面白い生徒だ、と。
成績が悪いだとか、授業態度が悪い生徒なんていくらでもいるが、なぜか貴様には惹かれると」
「遠回しに貶してませんか?」
「そう言ったのはホームズだ。それを聞いて、興味を持った。それだけだ」





バンジークス先生も、ホームズ先生もひどすぎる。
まあ事実なので何も言い返せないけれど。
ちなみに授業態度は、ゼリー状態のことだと思う。

とにかく、私に興味があるということはわかった。
このまま泥沼のような質疑応答を続けても、何も変わらない。

直球で、訊いてみよう。このモヤモヤにケリをつけるんだ。





「バンジークス先生。正直に答えてください」
「……」
「私に対する、言動や、行動は……私のことをからかってるんですか?それとも、私のこと……」
「……」
「……あの時の、"好き"は、本物ですか?」





『ああやって告白されるのが好きなのか』

『貴様は……将来、どんな風に告白されるのだろうな』

『ミレイ、好きだ』

先生のあの時の言葉がこだまする。
あの屋上でのことは、見知らぬ生徒が告白していた雰囲気もあって、私をからかうためにやったのだ、という思いが強かった。
だが、先生からのあの言葉は、私には鮮明すぎた。





「……はぁ。いくらやってもわからぬとは……理解力の乏しさにも程がある」
「む……イラッときますね。ハッキリ言ってください」
「……貴様に毎日弁当を作らせたのも。時々貴様を惑わすことを言うのも。補習のときの褒美も。保健室で頭を撫でたのも。
肝試しに付き合ってやったのも。名前で呼んだのも……」





ああ、そんなこともあったな、とまだそんなに経っていない学校生活を思い浮かべる。
バンジークス先生、私にしたことを9割方覚えている。
その後に続く言葉を想像して、涙が出そうになった。





「以前、休み時間に"想い人がいる"と言ったであろう?」
「……え、ええ、まあ……」
「その想い人が、そなただからだ。想っている人物に、何らかの形で愛を伝えるのは当然のことだ」
「っ……」

「初めて見た時からずっと、そなたのことが好きだ。ミレイ」





紐が、切れた。
波の如く溢れ出す涙を、両手で拭ったり、バンジークス先生に見られないように隠す。

それでも先生は、この手をどかそうとはしない。
いつもの先生なら、無理矢理にでも泣き顔を見る。ような気がするのに。

その代わりに、こんなことを言ってきた。





「答えはどうなのだ?ミレイ」
「っ……う……、せん、せ……」
「それではわからぬ」
「うっ……そんなに、なんかい、もぉ……」
「……何回も?」
「なまえ、よばれたら……うれしいし、なんか、せつなく、って、なみだが……」





過去に下の名前で呼ばれたのは、あの屋上での出来事一回きりだった。
でも今、こんなに名前を呼ばれて、嬉しいのと同時になぜか悲しみ、切なさと似た感情が溢れ出てきたのだ。
情けなく呟く私に、バンジークス先生は優しく声をかける。





「お好きなら、何回も呼んでも構わぬぞ?」
「っ、それ、は……やめて、ください……なみだが、とまりません、っ、から……」
「……まあ、泣き止むまで待ってやろう」





本当にバンジークス先生は言葉の通りに、私の涙が完全に止まるまで、何もせず、言わずに待ってくれていた。
それを意識したらまた止まらなくなりそうだが、このままじゃ進まないから、頑張って止めた。

久しぶりに先生の顔を真っ直ぐ見た気がする。





「……すみません。醜態をお見せしました……」
「いや。……それで、どうなのだ?」
「……え?」
「言ったであろう。そなたの答えはどうなのか、と」
「!……」





泣き喚いていて気づかなかったけど。
バンジークス先生の"好き"に対する、私の答え。

――当然、決まってる。





「決まってるじゃないですか。……好きです。大好きなんです、バンジークス先生のこと」
「……くく、そうか。ではミレイ。それをもう一度、私の"名前"で言え」
「名前……?」
「バロック、だ」
「……バロック先生、大好きです」





ちょっと恥ずかしいけど、なんて幸せな気持ちだろう。
傍から見た愛の言葉なんて、心にかすりもしなかった私が。

本当に本当に、好きな人から言われることの素晴らしさ。
ふわふわとしたいっぱいの羽に包まれたような、極上の幸せ。
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