A vampire of death , love is there?

□4話
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「ど、どうしたの?バロック……」
「……これ、は」
「これ……?」





半ば驚いたように見つめていたバロックは、その長い指を私の首筋に伸ばした。
私の目を見ているようにみえて、彼の視線はずっと首筋にあったのだ。
そこには―言わなくても誰でも予想がつく、傷跡。

あまり心が乱れることのないバロックが、かなり動揺していた様子だった。





「っ……」
「ねえ、ほんとにどうしたの……?これ、貴方がつけた傷でしょ?」





私が問いかけても、バロックは答えない。
更に自分の口元を押さえて、辛そうに目を細めた。

その口の隙間から見えた牙を見て、おおよそ予想がついた。





「……欲しいの?」
「!……」
「いいのよ?だって、契約したじゃない。ほら……」
「私の、中の」
「!」
「吸血鬼であるがゆえの本能が、そなたを喰い尽くしてしまいそうだ……」





あまり多く語ろうとしないバロック。
しかしなんとなく、言わんとしていることがわかった気がした。

もし、彼が本能のままにさせてしまったら、私は血が足りずに死んでしまうか、一線を超えてしまうだろう。
どうすればいいだろう。
これは、契約した私の役目でもある。





「……はい、いいよ」
「……ミレイ」
「大丈夫、ちゃんと私が止めてあげる。ね?我慢したらもっといけないわ」





髪を片側にまとめて、バロックの足に片手を乗せて近づき、首筋を彼の前に晒す。
もちろん私は積極的な性格、というわけではないのだが、頭で考えるより体が動いていた。

バロックはかなり戸惑っていたものの、おそるおそる私へ手を伸ばした。
後頭部に手が回され、ゆっくり、ゆっくりと彼の口が私の首筋へと近づいてゆく。





「私も……ちゃんと自制を努める」
「うん。大丈夫よ」





その言葉と共に、私の首に牙が入った。

初めて吸血鬼に血を吸われたのは数日前だが、その時は”痛い”ということしか覚えていなかった。
でもこの吸血は、その時とは全然違う。

かと言って、まだ未熟な私はその感覚を言葉にすることはできなかった。





「っは……ん、」
「バロック……」





ふと、バロックに回されている腕の手の甲が目に入った。
手の甲と言えば、彼との契約の証である紋章が刻まれているのだが、なんとそれが発光していたのだ。
普段は発光することはないのだが、やはり吸血行為をしているからだろうか?





「ん……ミレイ、っ、調子は……?」
「!全然、元気よ」
「そうか。……はぁ」





艶やかな吐息と共に、バロックが離れた。
彼が口を手の甲で拭う一瞬に、狭間から覗く牙、そこに血が付いていた。

その血が私に流れているものだと思うと、なんだか不思議な気持ちだ。





「あ、消えた」
「発光していたか」
「うん。で……早く終わったけど、満足?」
「ふ……心配しなくとも。そなたの血は、少量であろうと私を満たす……」
「……もう、なんだか恥ずかしいわ」
「それほど美味だということだ」





バロックは私を褒めるとき―ほぼ遠回しだが―微笑みながら話す。
私はどうも、この微笑に弱い。
目を見れなくなるのだ。

恥ずかしくなってきて、私は彼にコーヒーを淹れてくると言って部屋を出た。





「……あ〜っ!もうダメ、頭パンクしそう……」





このどうしようもない感情を整理しようと、一度バロックと物理的に距離を置いたのに、寧ろその思考を手伝う結果になってしまった。
考えるたびに複雑になっていって、頭の中は限られた太さのパイプに無理矢理空気を通したように、パンパンになっていた。

リフレッシュの意味も込めて、コーヒーを淹れようとリビングに行くと、母と居合わせた。





「あら、ミレイ」
「お母さん。あのね、コーヒー淹れたいんだけど」
「ああ、それなら上の棚に揃ってるわ」





母が言った通り、キッチンの上に天井とくっついている棚に、コーヒーの粉、マグカップ、スプーン、砂糖などが揃っていた。
母曰く、種類で揃えるよりも、雑多でも使うものごとに揃えたほうがわかりやすい、とのことだった。
まあ、性格上の問題かな、とくすりと笑った。

お湯を沸かしているときに、ふと頭をよぎったことがある。

”私、母がいるリビングの決して遠くない自分の部屋で、見知らぬ男といるんだ”……と。
まるで自分の部屋と、他の家の空間に境界線が引かれているようで、複雑な気持ちになった。
そのことを読まれたのか、それとも顔に出ていたのか、母に尋ねられた。
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