お話

□プロローグ 黒猫
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△雨の帰り道▽

「お前、俺に絡み続けるのだけはやめろよ。他の客にも迷惑かかるんだからな」
「はいはい、わかってる、わかってるって」

土砂降りの雨の中、一つ傘の下を歩く男二人。当然どちらか一方の肩は濡れるハメになるのだが、二人は気にする様子もなく談笑している。この酷い雨の中である。仲睦まじげな二人を奇異な目で見るものはいない。あと10分も歩けば二人の同居するアパートの部屋に辿り着く、というところだった。

にゃぁ、と。うるさい雨の音にかき消されそうな、しかしはっきりと意思を持った強い声。
見るとそこには首輪も付けていない小さな黒猫が、四本の足でしっかりと立って、二人をじぃと見据えていた。少し薄い黄色の目だ。まだ小さいからであろうか、油断すればたちまち呑み込まれてしまいそうなくらい、大きな目玉だった。

「なんだ、こんな雨の中。可哀想に」

金髪の男がひょいと手を伸ばすと、猫は抵抗する様子もなくその手のひらに収まった。全身ずぶ濡れではあるものの、凛とした面持ちでこちらを見据えてくる。身震いをする気配もない。
不意に金髪と猫の目線が交わった、と同時に、辺りに一層不気味な静けさが広がった。ほんの一瞬の出来事であったが、それはまさしく一種の闇。

全くの、無音。

確かにそこに存在した無であった。


その空間に音を放ったのは、アルバイトの青年。金髪が抱き上げていた猫を優しく撫でて、「連れて帰るか」とらしくはない言葉を発したのだった。それはまるで波紋のように、無を現実へと返していく。やがて再び雨音が聞こえ始めた。
金髪は違和感を覚えたものの、何せこの青年に惚れ込んでしまっている身である。「そうだな」と、それ以外に返す言葉が見当たらなかった。
今度は二人と一匹である。雨はまだ止みそうに無い。猫はまた一つ、「にゃあ」と鳴き声をあげた。

    ―――プロローグ 黒猫
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