誕生日
□#幸村精市生誕祭2017
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3/5『おめでとう』
誰もいなくなった教室で響くのは、あの言葉。
『花は、愛情を注いだ分だけ綺麗に育つんだ。まるで、俺にお礼をしているみたいに。』
彼は、とても優しく微笑みながら言った。
あの時から、私は彼を知りたいと思った。
神の子と言われるほどテニスが強いし、すごく整った顔立ちだし、勉強もできる。
でも、あの表情を見てしまったあの日から、もっと別の表情が見たい、そう思うようになった。
今日は3月5日。
あの日から3ヵ月があっという間に過ぎた。
結局あまり彼のことを知れていない。
今日は何だかみんなそわそわしてた。
特にテニス部の人と女の子。
ホワイトデーにはまだ早いよね。
テニス部の誰かの誕生日だったのかな?
そういえば幸村くんから聞いたことあるかもしれない。
誕生花は矢車草だよね。
確か花言葉は…思い出せない。
ガラッ
「!」
教室のドアが開いて、入ってきた人を見た。
そこにいたのは、両手に大きな紙袋を持った幸村くんだった。
幸村「まだいたんだ。何してる…とか聞いても平気かな?」
「あっ、うん。考え事してた。今日、みんなそわそわしてたから。誰かの誕生日かなって…思って……。」
さっきよりも距離が縮んで、紙袋から顔を覗かせていたのは、沢山のお菓子だった。
「…もしかして、幸村くん?」
私が申し訳なさそうに聞くと、彼はにっこりと笑った。
幸村「当たり。知らなかったの?意外だなぁ。」
「意外?」
幸村「うん。最近、俺のことみんなに聞いて歩いてるって小耳に挟んだんだ。」
「え?!」
確かに聞き回ってはいるけど、ファンの子はみんなそうしてて、聞き回っている人は自分以外にもたくさんいると思ってた。
しかも本人から直接言われるとかなり恥ずかしいしすごく申し訳ない…。
「ごめんね、嫌な思いさせて…。」
幸村「ううん。逆に興味を持ってくれるなんて嬉しいよ。…そろそろ行かないと。じゃあね、また明日。」
「うん、またね。」
袋を持つと、幸村くんは教室から出て行った。
多分部活に戻ったんだと思う。
社交辞令で言ったんだろうけど、すぐあんな言葉が出てくるなんて、さすが部長、さすが幸村くんだなぁ。
あ、おめでとうって言えなかったな。
おめでとうって、言いたい。
気付いたら、私は走っていた。
学校を出て、一番近い花屋さんで矢車草を買っていた。
どうすんだ、これ。
買った後で悩んでも仕方ない、もう渡すしかないよね。
走ったからか、学校に戻っても、まだ部活はやっていた。
どうしよう。
待つべきかな。
そういえば、私1度も幸村くんがテニスをしているところ見たことない。
幸村くんの誕生日だからか、あのフェンスを囲む、いつもよりも多い女の子たちを見ると、見る気が無くなる。
生きて帰れない気がする…。
Rが練習しているコートより離れた、1年生などR以外が練習している所に落ち着いた。
人がいないわけではないけど、真正面よりは全然いない。
女子1「この場所、実は隠れスポットなのよ?」
女子2「えぇー?全然見えないじゃん。」
隠れスポット?
盗み聞きするつもりは無いけど、普通に聞こえるし、普通に気になる。
女子2「わっ!あれ、柳くん?!」
女子1「そう、この場所はね、後輩を見に来る柳くんを見れる場所なのよ!」
へぇー。
そうなんだ、すごいところに目をつけるなぁ。
女子2「あれ?行っちゃうみたい…。」
女子1「そりゃそうよ。柳くんだって練習しなきゃいけないでしょ?…でも、今日はいつもよりすごく早いわ。」
柳くんかぁ。
話したことないな。
頭良い人だから使う言葉とか難しそう。
女子2「あ、戻ってきたよ!」
背高い…それに、目瞑ったまま歩くなんてすごい。
あ、今こっちみて笑っ……
女子1「きゃああ?!今こっち見て笑ったわよね?!」
女子2「私かも…。」
まるで人気アイドルのライブみたい。
今まで近寄り難いと思ってたけど、面白いな。
「ふふ。」
思わず笑ってしまった。
声が聞こえたのか、前の女子たちが振り向く。
怒られちゃうかも…。
少し歪んでいた女子たちの顔が驚きの顔に変わった。
どうやら、見ているのは私の後ろ。
「ゆ、幸村くん?!」
幸村「やぁ、蓮二に聞いたよ。練習見に来るなんて珍しいね。」
なんとそこにいたのは幸村くん。
「幸村くんこそ、どうしたの?こんなところに…。」
幸村「どうしたって…俺になにか用があるんじゃないのかい?」
「うっ…。」
どうやら柳くんは、幸村くんを呼びに言っていたらしい。
幸村くんはニヤリと笑って、私が反射的に後ろに隠した手をチラチラと見る。
そうだ、私『おめでとう』って言うためにここにいるんだ。
言わなくちゃ。
「幸村くん!その、た、誕生日おめでとう!!」
勢いで花を差し出したけど、幸村くんはすごく驚いてる。
幸村「これ…矢車草…。」
花の種類までは見てなかったのか。
何となく安心感が湧き出る。
「ごめん、花言葉は覚えてないんだけど…良かったら…。」
幸村「ふっ、普通は花言葉を考えて贈るものじゃないかい?」
「ご、ごめん…。」
幸村くんがいつもよりも少し怖く感じた。
でもどこか優しい、すごく不思議で、落ち着くトーンだった。
幸村「優美、繊細、幸福。」
いきなり、幸村くんが単語を呟いた。
「それって、矢車草の花言葉?」
幸村「そう。どれも俺にぴったりだよね?」
肯定せざるを得ない話し方に動揺したが、反論しようにもできないので頷く。
「う、うん。」
幸村くんって、意外とジャ○アン要素あるんだ…。
幸村「まだ俺のこと全然知れてないだろ?俺もちょうど君のこと知りたいと思ってたんだ。」
「え?」
嘘…幸村くんが、こんな私のこと…?
幸村「俺にそう思わせたんだ、もう何を隠そうとしても無駄だからね、覚悟しといてよ?」
「え…。」
血の気が引いた。
私は、とんでもない人を知ろうとしていたのではないか。
いや、していたのだ。
今日、幸村くんの誕生日。
この日、また新たな幸村くんを見ることができた。
そしてお互いを詮索し合うという謎の宣言までされてしまった。
これから、大変なことになるのは目に見えているが、それ以上に、彼に幸福をもたらされることはまだ先の話。
そして、私が彼に幸福をもたらしていることに、この時の私はまだ知らない。
田中こまちの誕生日【4/26】