LDHstory

□HiGH&LOW・チハル
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「あっ、俺バイトなんでそろそろ行きますね。」

いつも通り、ITOKANで飯食って駄弁ってて時間を忘れてた。気づいたらもうバイトに向かわないと間に合わない時間。

ノボル「最近ここら辺また治安悪いらしいから気を付けて。」

「それ、最近噂の女狙ってる奴らの事っすよね?俺男なんで大丈夫っすよ(笑。」

席を立つとノボルさんから掛けられた言葉。
最近、山王のシマで女狩りをしてる奴らがいるらしい。手当り次第声掛けて手出してはそこら辺に捨てて帰ってるって。
それをどこかで聞き付けたROCKYさんがコブラさんに事情を聞きにここに来た事で初めて俺達はその事実を知った。どこのシマでやってようが、女に手を出してる時点で関係ねぇ、と言い放ったROCKYさんは知ってる限りの情報をこちらに渡してくれた。

全ての争いや政府の陰謀が明らかになった後、SWORDや雨宮、MUGENなどの勢力は争いをすることが無くなった。
喧嘩こそはしてるものの、前までの潰すとか消す、とかの喧嘩ではなくてどこかアツくなるようなやつ。
もちろん、それ以外の奴らとは相変わらず喧嘩三昧の毎日だけど。

ヤマト「ま、用心しとけってことだ。おら、遅れんぞ!」

「あ、やべっ……じゃ、失礼します!」

ヤマトさんやダンさん、テッツが行ってらっしゃーい、と声を掛けてくれて、その向こうでノボルさんがカウンター席のテーブルに肘をついてその手に顎を乗せてこちらを見て微笑んでて、ナオミさんが「終わったら連絡しろ、なんか作ってやるから」とスマホを軽く振って見せて、ソファで寝てたと思ってたコブラさんがこちらに背中を向けたまんま右手を上げた。
この空気感がずっと続くといい、なんて有り得ないことを考えてしまう。
きっと俺達はそろそろ大人になって、この拳を使わないでも生きていかなくちゃいけなくなる。いつまでも仲間だ喧嘩だ言ってダラダラしてるだけじゃきっとダメなんだろうけど、今が一番自分達が落ち着ける場所にいるから。
今だけでも、皆居心地のいいここに甘えてるんだ。




「お疲れ様ですー、お先に失礼します。」

掛け持ちしてるバイトの中の1つである臨時介護。重労働だからなかなか身体はキツイけど、人に頼られたり感謝されるのは悪くない。
ナオミさんに、バイトが終わったことを伝えるためにメッセージアプリを開く。夜勤だったから今午前の11時なのにすっげぇ眠い。
さっき介護センターのシャワーは借りたから、飯作って貰ってそれ食ったら軽く寝させてもらおう……。
最近、親父が借金の為に仕事を始めて家に誰もいないから帰ることが減った。まぁ、何とかなってるだろうけど。
今終わりました、とだけメッセージを送ってスマホをポケットに戻してカバンを肩にかけ直す。
バイト先には歩きで来るようにしてる。
のんびりたらたら歩いてたら、目の前を歩いてきた男が俺の前で立ち止まった。

「……あ?」

男「お前、山王だよな?」

「……そうだけど」

またこういう手のヤツか。
山王、RUDE、達磨、ラスカルズ、鬼邪高。更にマイティー、雨宮、ムゲンなど、ここらを本拠地としてる集団は沢山あってその中の席を狙ってる奴は沢山いる。
その反面、その集団自体を壊そうとしてる奴らも数え切れない。山王の一員である限り、そんな奴らから狙われることは避けて通れない。

男「SWORDのテッペン、誰でもいいから連れて来いよ。……あ、RUDOのテッペンはもう死んだっけか?」

馬鹿にするような言い方で放ったその言葉が、自分の中では地雷だったらしい。

「あの人を馬鹿にすることはきっと、SWORDの人ら全員を敵に回すって覚えておいた方がいい。」

男「そのSWORDを潰すのが俺達だってことも覚えておいた方がいいなぁ?」

俺達、という言葉が引っかかって辺りを見回すとどこからともなく現れる男達。ざっと20人はいる。
色んな争いに身を投じてきて、心身共に多少は強くなったと思うけどこれを相手にできるほど俺は喧嘩が得意ではないし好きでもない。
ザッ、と右足を後ろに1歩引いた途端後頭部に重い衝撃が走って意識を手放した。






目を開くと視界に広がったのはコンクリートの天井。
体を起こすと後頭部がズキ、と痛み目眩がした。暫く目を瞑ったあと再度目を開いてもやっぱり光景は同じコンクリート。

男「おぉ、目が覚めたか。」

背後から声が聞こえて振り向く。その時にジャラ、と音が聞こえて初めて自分が鎖で手首を拘束されてることに気付いた。

男「当たった所が命に別状なくて運が良かったな、お前は。……片岡千晴くん?」

「なんで俺の名前を……」

男「さぁ、吐けよ。あいつらの居場所、あいつらの弱点、あいつらのこと全部。そうすればお前の命は助けてやるよ。」

「……教えない、何も。死んでもお前なんかには教えない。」

どうやらこいつ率いる集団はSWORDに相当の恨みがあるらしい。恨みを買うようなことは散々してきたからもういちいちあの人達は覚えていないだろうけど。

男「流石に、一筋縄ではいかねぇなぁ……おい、吐けってんだよ。」

ドス、

「い゛っ…!」

男が足を上げたので反射的に拘束された腕を顔を庇うように上げるとその足が右の脇腹を蹴り上げた。あまりの激痛に声が漏れる。

男「おい、痛てぇのは嫌だろ?喧嘩は嫌いなんだろうがてめぇ。だったら早く言えよ。」

確かに痛いのは嫌いだ。喧嘩も好きじゃない。けど、あの人達と何かのためにやる喧嘩なら話は別なんだ。
1度裏切った俺を見捨てないでいてくれたあの人達がいたから今の俺がある。もう1度裏切るなんて、それこそ死んでも有り得ない。

「……嫌だ、言わない……っ゛、っぁ゛、!」

男「……お前、別に殺さなくたっていいんだよ。なかなかいい面してっから今までの女達みてぇにしてやってもいいんだ。それでも吐かねぇかぁ?」

「言わ、ねぇっ、て……言っ、てんだろ……!!ぅぁ゛っっ、」

腹を3発も蹴られて意識が飛びそうになったけど、髪を掴み上げられて痛みで意識が戻った。

男「これが最後だ、逃したら後はねぇ。泣いても叫んでも一生お前は帰れねぇ。……吐け、お前が知ってる情報全てを……!!!」

「い、やだ……言わねぇ……!!!」

頑なに言わない。
もう裏切らないって誓ったから。俺がどうなろうが関係ない。俺を信じて受け入れてくれた人達へ、恩を仇で返す訳にはいかない。
男は苛立ったように目を固く瞑ってから1回息を吐いて目を開くとポケットから何かを取り出して俺の顔を上に向けた。何をするか確認する間もないくらいの速さで口に何か液体が入ってきたのが分かって吐き出そうとしたけど、そこそこの量を入れられ口を手で塞がれて窒息しそうになったから全てを飲み込んでしまった。
味もしない、なんなんだか分からないような液体を。

男「その頑固さだけは褒めてやる。
これから先、情報を吐くか死ぬかのどちらかだ。千晴ちゃん。」

乱暴に肩を押されて体を倒されてまた後頭部を打った。
目の前がホワイトアウトしてる間に腕を頭上に上げられていて、力を込めた時に気付いた。
力が全く入らない。
頭がぶつけたことからではないような程ズキズキ痛む。
吐く息が異常な程熱い。
呼吸が正常にできず、浅く不規則。
絶対に飲んだらやばい液体だった。
正常にできない呼吸と、これからこの男にされるであろうことにここに来て初めて恐怖を感じた。
パーカーの襟元をグッと下げられた。

マジでやばい、俺ガチで死ぬ。
助けて、たすけて、むり、こわい。

本能的にそう感じ目を強く瞑った時。

『チハル……!!!!』

俺の名前を呼ぶ無数の声とほぼ同時に上に乗ってた重さが消え、同時に体が起こされた。





ヤマト「チハル、遅ぇな」

ヤマトさんが若干イライラしながら呟いた。貧乏揺すりはもうここ10分ほど繰り返されている。
ナオミさんが「チハル、終わったってよ」といつも通り駄弁ってた俺達にスマホの画面を見せながら教えてくれたのは1時間前の話。
確かに帰ってくるには遅すぎる。我慢できなくなったヤマトさんが立ち上がった瞬間、ITOKANの扉が少々乱暴に開かれた。

ROCKY「邪魔するぞ。……コブラ、あの鬼邪高の奴はどこだ」

コブラ「……チハルなら1時間前に連絡取ったっきりだ」

日向「そのガキが、どうやら厄介な奴らに連れ去られたみてぇだ」

コブラ「……ぁんだと?」

村山「たまたまその場を目撃したうちの全日の生徒が俺に教えに来た。」

ROCKY「RUDOの奴らには伝えてないが、村山が俺と日向にそれを伝えに来た。恐らく、あいつを連れ去った奴はこの間うちの奴が世話になった奴だ。SWORDを潰すとかほざいてたらしい。
山王のシマの女を漁ってたのもそいつで間違いない。」

日向「どうすんだァ?コブラ」

コブラ「…………行くに決まってんだろ……!!!!」

ITOKANに訪れたのはラスカルズからROCKYにKOO、KIZZY。達磨は日向。鬼邪高は村山、古屋、轟。
RUDOは頭が死んで、新しく引っ張る奴が出てきたと言えどあまり巻き込みたい無いのが俺達の総意なのでいない。
それに山王の俺達が加わって、ITOKANを飛び出した。
ROCKY(というか、その優秀な右腕のKOO)がそいつらのアジトを突き止めたらしく、それについて走る。

辿り着いたのは一見普通の工場のような建物。
静かに潜入という言葉を知らない俺達は正面から殴り込んだ。案の定、誘拐犯の仲間と思われるような奴らが出てきて乱闘。

片っ端から部屋を探してもいなくて、最後の部屋に辿り着いた。
ここに絶対チハルがいる。
ダンさんと一緒に鍵のかかった扉を蹴って開けるとビンゴだった。
その瞬間、ガッと一瞬で頭に血が上った感覚がしたけどそれよりも先にコブラさんがチハルの体に乗ってた男を蹴飛ばした。
俺とヤマトさんが一瞬で駆け寄ってチハルの体を抱き上げた。
信じられないほど熱い体に驚きつつも、少しよれたパーカーの襟元を直す。

「チハル、大丈夫か?!」

チハル「テッ、ツ……はぁ、はぁっ、っは、……だい、じょぶ、っはぁ、……」

「何が大丈夫だばか!!!」

ヤマト「おいてめぇチハルに何したぁ!!!!!!」

男「やだなぁ、ちょっと具合悪くなる薬飲ませただけだよ。死にやしないさ。ただ、相当苦しいだろうけど。」

ダン「てめぇふざけんなや!!!!」

チハル「はぁ゛っ……、っ゛、ぅぁっ、はぁ、はっ、…はぁっ……」

ROCKY「お前か、先日うちの奴らが世話になったってのは。」

男「おー、よく情報が伝わったな。あいつらにも同じ薬飲ませたから、薬で死なないにしろ死んだ方が楽とか考えてくたばったかと思ったぜ。」

日向「おいクズ、その薬はどこから手に入れたんだよ」

男「そんなの、裏ルートに決まってんだろ。これからがお楽しみだったのに、いいタイミングで来ちゃったな、あんた達。」

村山「轟ちゃん……チハルを頼んだ。」

轟「あ?舐めてんのか、俺だって戦えるわ。」

村山「轟ちゃんはまだ未成年だろ。……こんなクズと戦わせる訳にはいかねぇ。」

轟「……チッ、1つ、貸しだからな」

村山「そりゃこっちの台詞だ、轟ちゃん」

ROCKY「KIZZY。」

KIZZY「分かってるわよ。私もあっちね。」

コブラ「ノボル、テッツ……チハルを任せた。俺達はこのクズをぶっ潰してから行く。」

ノボル「……俺達の分まで、拳は預けたぞ」

コブラ「……あぁ。」

轟「運ぶ」

チハルを任されたメンツの中で1番身長が高いであろう轟がチハルの背中と膝裏に腕を通して抱き上げる。

「チハルっ……」

KIZZY「心配しないで。この間うちのが薬もられた時に、対応した特別な薬が残ってるから。」

ノボル「大丈夫だ、テッツ」

情けないくらいに励まされる。
KIZZYがラスカルズの新しい本拠地となってる場所に連れて行ってくれて、そこの控え室にチハルを寝かせる。
すぐに薬を持ってきてくれてKIZZYが飲ませると、10分ほどすると荒かった呼吸が少し落ち着き始めた。

「チハル……」

チハル「……てっつ、……」

「大丈夫か?体、なんともねぇか?」

チハル「ぅん……まだ頭、とかいたいけど……大丈夫、」

ノボル「……素直に言っていいんだよ?」

チハルは小さい頃からの家の都合上なのかなんなのか、大人びた発言や態度を取ることが多い。落ち着いていて俺達のストッパーのような役割も果たしているくらい。
けど、たまに年相応な可愛らしい部分も見えたりしてその時は嬉しかったりする。

チハル「……あたま、いたいっす……こわかった、……」

ノボルさんに頭を撫でられ目を潤ませながら小さくそう言った。俺は衝動的にチハルの頭を抱き寄せた。

「悪ぃ、やっぱこんな時にお前1人で外歩かせるべきじゃなかった……!」

KIZZY「そうねぇ。チハルちゃんは、1人で外歩くのは暫くダメね。」

ガチャ、と部屋の扉が開いてコブラさん達が到着した。チハルから離れると、入れ替わるように誰よりも早く駆け寄ってきたヤマトさんが力加減してないであろう力強さでチハルを抱き締めた。

ヤマト「チハルっ……!」

コブラ「チハル、……俺達のこと、何も話さなかったらしいな」

チハル「っ……もう、誰も裏切らない、って決めてたんで……」

コブラ「……ありがとな。怪我は?」

チハル「……ちょっと、脇腹痛いっすけど……」

村山「はいはいちょっとちょっとどいてよ〜。元々、チハルはうちのなんだからね〜」

ヤマトさんが離れると、村山と古屋がチハルの前に立つ。

村山「……強くなったじゃん、チハル。無事で良かった。」

村山がチハルと目を合わせるように屈んで頭をガシ、と撫でた。古屋が肩をポン、と叩くと照れ臭そうにチハルが笑う。そして轟も素っ気なくわしゃわしゃっとチハルの後頭部を撫でた。それをラスカルズ、日向、俺達山王が微笑ましく眺める。
チハルが、校章を返したことにより決別をした鬼邪高のことをいつも考えてるのは馬鹿な俺達でも分かった。
チームごとの抗争がなくなった今、きっとチハルと鬼邪高も上手くやっていけるだろう。





この一件から、チハルの保護者がまた増えて暫くチハルは1人で出歩けなくなったことは言うまでもない。
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