小説
□望み
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「欲しい、もの?」
(どうしてそんなこと…)
首をかしげるも、鷹司はただ黙って答えを待っている。
(よくわからないけど…それが必要なら)
すぐには出てこなくて、記憶を辿った。
日頃不便に思っていたことなどを思い出そうとする
しかし。
ー 『この大奥にないものなどありませんよ』
(永光さんのおっしゃる通りだ)
影武者としてここに来てから、そんな風に感じたことなどなかったかもしれない。
町娘だった頃では想像もつかなかった生活
これ以上の何かなど…
「…思いつかない…」
ー 呟くように答えを出すと、目が見開かれた。
「お前、本当になにもないのか?」
結論を確かめるように頷く。
(それになにより、鷹司が)
一目惚れした蝶の耳飾り。気に入ったけど手が出せなかった簪。少し前まで手放せなかった、暖かい襟巻き…
(贈ってくれたもの)
思い出したのだ。
さっきのお菓子はどこで知ったのか
『そっか、ならこんなこと言われてもわからねぇよな。…悪い』
嬉々として語ったとき、私がなにげなく漏らした「知らない」を覚えていたのだろう。
あのときの私は口にしてしまったことを後悔したのに
(鷹司の優しさに、甘えすぎてる)
欲しいものが見つからないのはきっと、望む前に鷹司がくれていたから。
ー 確信を持つと同時に、同じ問いを返していた
「…鷹司は欲しいもの、ある?」
(いつも申し訳ないし、なにかお礼がしたい)
「は…?」
ところがその途端、ぴしりと固まった
(え…)
「いや、俺が聞かれたら意味が、
…っ!!」
(意味ってなんのこと?)
独り言を言って、しまったと口を噤んで
(聞いちゃ駄目かな…)
ー 沈黙ののち、ふっと笑った鷹司が真っ直ぐに見つめてきた
「俺は、もう持ってる」
「…っ。そっか」
(そうだよね)
ぎゅっと唇を噛む。
彼の身分を思えば当然のことだ
(それにもし答えがもらえたとして、私が用意できるものかなんてわからなかった)