小説

□望み
3ページ/5ページ


「欲しい、もの?」

(どうしてそんなこと…)

首をかしげるも、鷹司はただ黙って答えを待っている。

(よくわからないけど…それが必要なら)


すぐには出てこなくて、記憶を辿った。

日頃不便に思っていたことなどを思い出そうとする

しかし。

ー 『この大奥にないものなどありませんよ』

(永光さんのおっしゃる通りだ)

影武者としてここに来てから、そんな風に感じたことなどなかったかもしれない。

町娘だった頃では想像もつかなかった生活

これ以上の何かなど…

「…思いつかない…」

ー 呟くように答えを出すと、目が見開かれた。

「お前、本当になにもないのか?」

結論を確かめるように頷く。

(それになにより、鷹司が)

一目惚れした蝶の耳飾り。気に入ったけど手が出せなかった簪。少し前まで手放せなかった、暖かい襟巻き…

(贈ってくれたもの)


思い出したのだ。

さっきのお菓子はどこで知ったのか

『そっか、ならこんなこと言われてもわからねぇよな。…悪い』

嬉々として語ったとき、私がなにげなく漏らした「知らない」を覚えていたのだろう。

あのときの私は口にしてしまったことを後悔したのに

(鷹司の優しさに、甘えすぎてる)

欲しいものが見つからないのはきっと、望む前に鷹司がくれていたから。

ー 確信を持つと同時に、同じ問いを返していた

「…鷹司は欲しいもの、ある?」

(いつも申し訳ないし、なにかお礼がしたい)

「は…?」

ところがその途端、ぴしりと固まった

(え…)

「いや、俺が聞かれたら意味が、
…っ!!」

(意味ってなんのこと?)

独り言を言って、しまったと口を噤んで

(聞いちゃ駄目かな…)

ー 沈黙ののち、ふっと笑った鷹司が真っ直ぐに見つめてきた

「俺は、もう持ってる」

「…っ。そっか」

(そうだよね)

ぎゅっと唇を噛む。

彼の身分を思えば当然のことだ

(それにもし答えがもらえたとして、私が用意できるものかなんてわからなかった)
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ