小説

□紋黄蝶
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「ほら、着いたぞ」

慣れた手つきで手綱を引いた鷹司が、ひらりと馬上から飛び降りた。

「ここ…」

差し出された手。

ー 蝶の耳飾りが揺れる

地面に降りたつと手を繋がれて、川へと近づいた。


「お前が覚えてるみたいでよかった」


水の音に耳をすましていると、ふいに囁くような声が流れてきて。

(え……)

はっと顔を上げると、鷹司が私の耳元を眺めて穏やかに微笑んだ。

「それ、ずっと着けてるよな」

「…それは…嬉しかったから」


ー 初めて一緒に出かけた思い出


ただそれだけだと思っていたけど、今となってはそれ以上の意味を持つ。

(初めて鷹司が贈ってくれた)


…あのときから既に惹かれていたのだと気付いた時、鷹司もそうだといいなと思って。

『お前を花だと思ったんだろ』

見れば胸のときめきが思い出された。


「ありがとう、鷹司」


改めてお礼を言うと、一瞬見開かれた目がふいと外れる。

「…失くすなよ」

「うんっ」

そんな言葉が鷹司らしくて、自然と笑みが溢れた。


「そろそろ戻るか」

「えっ、もう…?」

「また連れて来てやるよ。もう行かねえと、屋敷の者にバレたら大騒ぎだぞ」

(それは大変…!)

抜け出してきたことを思い出して、私は慌てて手元の羽織を引いた。







(…蝶が寄ってくる前に、な)




鷹司が心の内で吐いた溜め息を雛菊は知らない ー

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