小説
□剣術の先生
1ページ/4ページ
「同じことばかり言わせるな」
夏津さんが溜息を吐く。
「ごめんなさい。もう一度 ー」
「できもしないのに見たって、時間の無駄だ」
「…はい」
ー 今日はもういい。
そう言って、夏津さんは道場を出て行った。
(どうしてできないんだろう)
ひとりになった途端緊張が解け、余計なことまで考えてしまう。
(集中しなきゃ)
ー そう思うのに、振りはどんどんぶれていって。
(…いったん落ち着かなきゃ)
このまま続けても、上達は望めない。
木刀を下ろすとため息が出た。
「お前ほんと、よくやるよな」
「鷹司…!?」
ー いつの間に来たのだろうか
声のする方を見ると、彼が曖昧な笑みを浮かべて立っていた。
「夏津に聞いた。今日の稽古は終わらせたけど、お前なら残ってやってるんじゃねえかって」
遠回しだけど、みてやれってことだろ
そう呟いてこちらへ向かってくる。
(怒らせたと思ったのに…)
こんな風に気を利かせてくれるなんて。
ー 確かに夏津さんは厳しいけど、できるまで根気強く注意し続けてくれるし、そこに妥協は無い。
今回だって、きっと私の練習不足を見抜いて、時間をくれたのだろう。
本人は否定するかもしれないけど、やっぱり優しい人だと思う。
(次のお稽古で、お礼を言おう)
それを伝えるためにも、この時間を無駄にはできない
気を引き締めて、私は木刀を握りなおした。