國立図書館

□とある親子の物語
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 遠い遠い海の果てに小さな村がありました。そこに、ある親子がいました。小さな息子と母親の二人暮しでした。
 母親は一人で息子を育てました。そして少年はママがせかいでいちばんなんだと思っていました。
 ある日、母親は病で倒れてしまいました。母親はすぐに村の診療所へ運ばれました。
「ねぇ、ママ。ママはしんじゃうの?」
「大丈夫よ。ママは強いもの。すぐ治るわ。周りの人に迷惑かけちゃダメよ」
 母親は言いました。ですが本当は、
「こんなこと言うのは辛いですが……よく聞いてください、あなたの余命はあと一ヶ月ほどです」
「秋が来る時期、ですか?」
「私も手を尽くしましたつもりです。ですがこればかりは……」
「そうですか……」
 少年は扉の隙間からその話を聞いてしまいました。
 家に帰って少年は泣きました。一生分の涙を使い果たすかのように泣きました。


「ねぇ、おいしゃさん。ママはしんじゃうの?」
「大丈夫さ。君のママは強いんだから」
 医者は母親と同じことを言いました。それ以外に何も言えませんでした。
 母親は生きているうちに思い出を作ろうと少年におもちゃをいっぱい買ってあげました。少年にお話を聞かせてあげました。いっぱいいっぱい愛してあげました。
「お医者さん」
「なんですか?」
「私が死んだらあの子は悲しむでしょうか?」
 医者は一瞬言葉に詰まりましたが、
「……ええ。悲しむでしょうね」
 ですがと続けてこう言います。
「それはあの子があなたを愛している証拠ですよ。あなたは今を精一杯生きなさい。あの子を精一杯愛してあげなさい」
「はい、わかりました」


 日は刻々と迫っていました。季節が秋へと変わる頃、母親の命はまさに尽きようとしていました。
「ママ! ママはしなないんでしょ! ねえ!」
「大丈夫、よ……。ママ、は強いん、だから……」
 近くでは医者が静かにその光景を見ていました。医者は何も出来ませんでした。
「ママはつぎのきせつにしんじゃうんでしょ! だったらつぎのきせつなんてこなくてもいい!」
「…………」
「だからしなないでよ! いっしょうのおねがいだから!」
「…………」
 母親は無言でした。何も言いませんでした。何も言えませんでした。
 医者は母親に歩み寄って静かに手を組みました。今まで死んだ人にそうしてきたように静かに手を組みました。
 秋の季節がやってきました。
 

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