のーまる

□ボディーガード
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ワグナリアのスタッフルーム。
椅子に腰掛けたホールチーフ、轟八千代は深い溜め息をついた。
「どうしようかしら?…」
彼女の手には1枚のハガキ。休憩に入ってからずっとそれを眺めているのだ。

「あれ? 轟さん、どうしたの?」
「あ…相馬君」
もやもやと考え込む渦の中から、パッと現実に引き戻された。
「それ何かの招待状?」
「え? えぇ、同窓会の案内みたいなんだけど…」

今朝、新聞を取りに行ったときに見つけたものだ。
―自分宛のハガキ…何かしら? 
裏返してドキっとした。まさか自分宛にそんなものが届くなんて思ってもみなかった。

「小学校の同窓会ね…」
隣に腰掛けた相馬は、良心的に八千代の話を聞きだす。
「この日はちょうどバイトもお休みだから、行ってみたいとは思うんだけど…なんだか怖くて」
「轟さんをいじめていた人たちに会うのが?」
こくり、と頷く。八千代自身も、この歳になってまた彼らにいじめられるなんて思っていないのだが。
「確か店長が追い払ったんだよね、そのいじめっ子」
それこそが八千代が現在まで杏子を慕い続けている理由だ。
普段ならこのまま「そうなの! そのときの杏子さんって本当にかっこよくて! 杏子さんが、杏子さんが、キョーコさんがキョーコさんがキョーコさんが…」と店長語りが続くところだが、珍しく、ノロケトークには発展しなかった。
「無理して行く必要はないと思うよ? 同窓会って強制参加じゃないんだから」
そのいじめっ子たちが参加するとも限らないしね、と相馬に言われた八千代は、
「特に会いたいお友達がいるわけじゃないの…私、一言先生にお礼が言いたくて…」
「お礼?」
八千代は1人の先生の思い出を語りだした。
その先生というのは、“刀を持ってくる変な生徒”ではなく“1人の女子生徒”として八千代に接し、交友関係についてかなり心配してくれたそうだ。
「刀のこともね、『絶対他の人に渡しちゃダメ』って、『大事に持っていなさい』って言ってくれたの」
相馬は、「それは、その刀が不良のお姉さんの“凶器”になることを心配していたんじゃないかな?」と思ったが、言わないことにした。

「相馬、そろそろ交代だ」
スタッフルームにニコチンが切れかかり、少し不機嫌な佐藤が現われた。
「そうだ! 佐藤君と行ってきなよ!」
「え?」
「おい、何の話だ?」
相馬が経緯を掻い摘んで話す。
「めんどくせぇ…大体なんで俺が」
煙草を咥え、火を点ける。その様子をおろおろと見つめる八千代。
「佐藤君もその日、シフト入ってないでしょ? いいじゃない、それに『人を待たせてある』って言ったら、引き止められても直ぐに帰って来られると思うし」
「その日はバンドの練習があるんだよ。1人で行けないような同窓会、行く必要ねぇだろ」
八千代はまるで卓球の試合を見ているかのように、右・左・右と顔を動かし、佐藤と相馬のやり取りを見守っていた。
「そうよね…佐藤君だって他人の同窓会なんて気まずいわよね…」
しゅんっと俯いた八千代を見て、佐藤は胸が痛くなった。その顔を見ていた相馬が耳打ちする。
「いいの? 佐藤君。轟さん1人で行かせて…昔、轟さんを好きだったって男の子がいたら、お酒の勢いで告白しちゃうかもよ?」
「なっ!?」
口元から煙草を落としそうになった佐藤を見て、黒い笑顔を浮かべて一気に畳み掛ける。
「轟さんが帰るって言い出したら、引き止める男の子もいるだろうね…あ、『僕の車で家まで送ってあげるよ』なんて言って連れ出しちゃうかもね?」
「ボディーガードになってあげなよ。轟さん、1人じゃ心細いんだよ。きっと」

ふーっと煙を吐き出して、「分かったよ…」と呟いた。
「会場まで連れて行ってやる」
「佐藤君! ありがとう」
暗い表情から、ぱぁぁっと花を散らしそうな笑顔になった八千代に相馬が何か囁いた。
「ボディーガード…よろしくね!」
八千代はにっこりと佐藤に微笑みかけた。ゲホゲホッと咳き込んだ佐藤は、相馬に蹴りを入れた。
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