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□空想儀
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シャワーを浴び終えた頃には洗濯機がごうんごうんと唸っていて、洗濯まで手塚君にやらせてしまったことが申し訳なくなる。タオルを頭に巻きながら部屋に戻ると手塚君は私の本棚をじっと見ていた。
「あ!だめ!本棚は…」
「見られては困るものがあるのか。」
時、すでに遅し。手塚君が手にしたものを見て顔がじんわりと熱くなり、赤くなるのを感じる。スポーツ選手のための栄養学の本やレシピ本。今度手料理を振る舞う時のためのサプライズの参考にと買っておいたのに台無しだ。
「俺の為を思って、勉強してくれていたのか。」
「う、うん。」
「…ありがとう。だが、本題はこれではない。」
「え?」
本棚に他にあるのは昔から好きな漫画と、研究に使う資料だけだ。見られて困るものは他にはなかった。首を傾げていると手塚君が一番端にあるものに手を伸ばす。そこでやっと気づいた。あのノートのことだ。
「なぜお前がこれを持っている。」
表紙に大きく秘と書かれたそれは乾君から託されたものだ。不審そうに中身を確認する手塚君はしばらくそれを眺めてから忌々しそうにばたんとノートを閉じた。
「この間帰国した時にね、手塚の為に作ってやってくれって渡されて。いやでも、乾汁の恐ろしさは昔から知ってるから流石に作る気はないよ。でもいらないってノート返すわけにもいかなくて、とりあえず貰っておいたの。」
「二人で会ったのか。」
「へ?」
「二人きりで会ったのかと訊いている。どうなんだ。」
手塚君が詰め寄ってくる。わかったわかったと両手を上げれば彼は仏頂面で私をじっと見つめた。
「タカさんのとこに寄った時にたまたま会ったの。それで最初三人で話して。」
「ああ。」
「そのあともう一杯引っ掛けようってなって。それで乾君の知り合いがやってるっていうバーに二人で行って、そこでもらったの。バーのマスターも一緒に喋ったし、二人っきりってわけではなかったよ。だから浮気とかはほんとに、ない。」
「俺は浮気を心配しているわけではない、第一お前がそういうことをしないのは分かっているからな。」
「じゃあなんで怒ってるのさ。」
あからさまに不機嫌そうな手塚君の頬を摘む。横に引っ張ると、手塚君がその手を掴み、指先に口付けたからぎょっとして手を引き戻した。その為に少しだけ表情が和らいだのだが。
「油断するな。」
「はあ。」
「お前にその気がなくとも、他の男がどういう意図でお前に近寄ってくるかは分からない。相手が昔からの友人であれ、油断せずに…」
「油断せずにいこう、でしょ。わかったよ、今度からは逐一連絡入れるから。」
でもこのレシピは一応捨てないで取っておいてあげようね。そう言ってノートを棚に戻すとちょっとだけ不満そうな手塚君の唇が私のそれを塞いだ。












2016/03/26 フォロワー様宛作品


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