Book

□Green Jade
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少し前に大阪を襲った雪も、瞬く間に溶けて気付けば2月。バレンタインの足音が近付く今日この頃、見計らったかのように芽を出したチューリップ。校舎裏の庭でいち早く顔を出した彼らに水をやれば、テニスコートから白石が走ってくる。花壇の陰になっていたが、どうやらこちらにボールが飛んだらしく彼はしゃがんでそれを手にとって踵を返そうとしたところで芽に気がついた。
「みょうじ、これ何の芽。随分早ない。」
「チューリップ。チューリップて2月に芽出るんやて。だからもう雑草抜いとかんと。」
草をむしりながら答えると、彼はボールを手にしたまま私の隣にしゃがむ。まだ小さな芽をじっと眺めながらへえと感嘆の溜め息をついた。
「白石、なんで部活やっとるん。」
「推薦受かったし、たまには後輩の面倒見たいやん。来年は全国で優勝してもらわなあかんし。」
「いうても財前君とかうざがっとるやろ。」
「あーさっきも白石元部長うるさいっすって怒られたわ。」
「言わんこっちゃない。」
するすると抜ける長い雑草の根っこを花壇の隅に寄せる。しばらくほったらかしにしていたとはいえおそらく何人か花壇当番をサボったのだろう、いつものそれと比べて随分と荒れている。腰が重くなってのそのそと立ち上がって大きく伸びをすると、今度は白石が雑草を掴んだ。トレードマークの包帯に土がつく。茶色く汚れたのも気にすることなく白石は私がしたように雑草を花壇の隅へと押しやって、また一本、一本と抜いていく。
「包帯、汚れるやろ。軍手貸す。」
「ええよ、これそろそろ捨てるやつやし。」
「家帰るまで汚れっぱやん。やめーや。」
手を掴んで制するも、ええからええからと解かれて彼はまた雑草をずるりと引き抜く。結局土をほろうことなく彼は作業に徹するから、渋々隣にしゃがんでまた根っこをぶちぶちと抜いていく。
「財前もな、やっとシングルスで実力出せるようなって」
「へえ」
「金ちゃんはまあ、相変わらずやけどちょっと聞き分けようなって」
「うん」
「大事に育てたら、ちゃんと芽ぇ出るんやなって。」
水を浴びて滴を滴らせる芽を慈しむように指先で触れる。このチューリップが咲く頃、私はもうこの学校には居ない。残念ながらこの子達が花開く時を私は目にすることができない。それは白石も同様なのだ。彼が大切に育ててきた後輩たちが試合で活躍するのは、彼が卒業したあとの話だ。
「今ちょうど延び盛りやし、今のうちに鍛えてやらんと。今頑張ったら、来年の夏にでっかい花咲くやん。」
「うん」
「せやから、俺がおる間に金ちゃんも財前もいっぱいいっぱい教えられることは教えたいんや。」
最後の雑草の根っこを持ち上げて、隅に寄せる。山になったそれを肥料ケースに雑に放り込むと、白石は土だらけになった包帯の手でテニスボールを握っていた。
「白石、お節介過ぎんとちゃう。」
「よう言われる。でも、あいつら可愛いねん。しゃーないやろ。」
「生意気やし、ゴンタクレでも。」
「ああ。生意気でもゴンタクレでも、みぃんな可愛い俺の後輩や。」
手伝ってくれておおきに。そう言うと白石は慣れとるからええよとけろっとした顔で笑う。最後にチューリップの芽をもう一度見つめて、べっぴんさんになってなと声をかけて彼は立ち上がった。
「なるよ、この子べっぴんさんに。」
「みょうじが頑張って世話しとるからか。」
「んー、それもあるけど。白石がそやって言ってはるから。」
「自分のこと否定せんのかい。」
「あったり前や私当番サボっとらんもん。」
軍手を脱ぎ、二つを叩きながら土をほろう。白石は肩をすくめる振りをして見せたからまだ汚れている軍手を投げる動作をすると慌てて避けた。
「そっちの花も、咲くとええね。」
軍手が飛んでこないことに間が抜けたのか、それとも私の発言の意味がわからなかったのか白石の動きが止まり、大層気の抜けた表情でこちらを見返す。だから、と言いかけたところでやっと理解したのか、白石は微笑んで大きく頷いた。
「どっちが早く咲くか、見物やな。」
言うが早いか白石はそのままテニスコートへと駆け出した。その後ろ姿を見送ってから、彼にべっぴんさんになると言われた芽視線を移す。込み上げてくる笑いが堪えきれず、私は吹き出した。
「チューリップが4月に咲くの、知らんのかな。」









(付き合ってるようで付き合ってなさそうで多分付き合ってるかわかんねえ...フォロワーさんのお誕生日に書かせていただいた白石夢でした。白石むつかしい!)



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