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□さなだいじり。
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私と弦一郎さんのお付き合いは奇妙な形から始まった。高校の部活動の一環で児童会館のボランティアをしている私は特に佐助くんと仲良しになり、ついにはお家にまで招かれてお母さんやお祖父さんと挨拶を交わすまでになったのだが、ある日招かれると出迎えてくれたのはいつも私を待っていてくれる佐助くんのお母様ではなく佐助くんにおじさん、と呼ばれている弦一郎さんだった。その日は佐助くんに謀られたと知ったのは後日談であるが、しかし促されるままに私は弦一郎さんとお見合いの如く和室で向かい合って色々なことをお話した。児童会館での佐助くんの様子、家では何をしているか、お互いの趣味、その他諸々。
そうして今、私はその弦一郎さんと並んで映画館へと向かっている。好きな監督の最新作があるということで弦一郎さんからのお誘いだったのだが、彼氏もいないし予定も空いていたので彼からのお誘いを受けたはいいが如何せん映画には詳しくないし弦一郎さんと顔を合わせるのもまだ片手で数える程しかないから緊張しない訳がない。昨日佐助くんには散々茶化されたっけ。

「なまえさんは普段どういった映画をご覧になりますか。」
「え、いや、あんまり映画は見ないもので…テレビでやってるのをなんとなく見るくらいです。」
「申し訳ない、今日は付き合わせてしまって…」
「お気になさらないでください。弦一郎さんからお誘い頂けて嬉しいですし。」

緊張のあまり笑顔も強ばるけれど、それは弦一郎にも言えることでこの人は私とあまり目を合わせてくれない。女性と話すのは会議の時だけだと先日お話した時に言っていたから慣れないのだろう。現に今まで女性とはお付き合いしたことがないとも言っていた。
私はといえばそれなりに彼氏ができたことはあったし男子と話すのはなれているけど、多分佐助くんがおじさん呼ばわりするから歳だってかなり上の、しかも学校にいないような厳格な人とお話するのは流石にまだ慣れそうにもない。佐助くんたら、おじさんは女心が分からないからなまえ先生頑張ってねなんて軽々しく言ってくれちゃって。迷惑ではないけれどどうしろというんだ。

「いらっしゃいませ。」
「"雷神域の英雄"の14時20分の回を2つ。」
「学生手帳等割引になるものはお持ちでしょうか。」

受付のお姉さんに促され、コートのポケットから高校の学生手帳を取り出す。隣の弦一郎さんも何やらポケットの中身を探しているから、割引券でも持ってきたのだろう。私の分を先に差し出してお姉さんにチェックをしてもらう。ありがとうございますと返され、続いて弦一郎さんが差し出したのも、小さな手帳だった。

「あ……あ、はいどうぞ。ありがとうございます。」

お姉さんが一瞬固まる。いや、無理はないだろう。ちらりと見えた学生手帳という四文字、そしてその下の学校名を見て私も口が開いた。

「え?」
「…どうされましたか。」

平然とそれを受取り、またポケットに仕舞う弦一郎さんを見上げる。あぁ、今日やっと目を合わせてもらえた。けど、今はそんなことを気にしている場合ではない。私はポケットと彼の顔をもう一往復させて、それからやっと声を絞り出した。

「弦一郎さん、えっと、あなた中学生…だったんですか」
「ええ、そうですが。」
「えっ、だって、おじさんって佐助くんが」
「ああ、佐助くんは兄の息子なので。血縁関係でいえば俺が叔父に当たりますが。」
「あーー…………っええええ!?弦一郎さん私より年下っ!」

思わず初めて敬語が抜けてしまう。しかしそれも無理はないでしょ、だって、こんなに背も高くて貫禄もある人が私よりも年下だなんて誰が思うだろうか。現に受付のお姉さんもそう思ってたみたいだし。うん、私は許されるはずだ。

「…申し上げておりませんでしたか。」
「ええ全くの初耳です。佐助くんからも聞いてません。」
「…そのご様子だと、ご自分の方がずっと年下だと思われてたようですね。」
「………」

頭上で、図星ですかと少しだけ呆れた声がした。ごめんなさいと素直に謝ると、彼は慣れてますからと困ったように少しだけ笑った。ちょっとだけ照れているのか彼はすぐに二度咳払いをしてまた強ばった顔つきに戻ってしまう。やはりその顔を見るとどうしても中学生には見えないのだが。

「年下は……」
「はい?」
「年下では、対象には入りませんか。」

人の波に流されて、そのままドリンクスタンドの人混みの中に落ち着く。足が止まったと同時に、彼は口を開いた。その後には何事も無かったかのように、何を飲みますかと続ける。メロンソーダにします、と一言答えてから先の問に対する答えを考え始めた。

「精神年齢が自分よりも年下なのはいただけないですね。子供っぽい人は、あんまり。」
「…そうですか。」

途端に彼の横顔がどこか悲しげなものになる。用意していた次の言葉を、私はすぐに紡いだ。

「弦一郎さんは、大人びていますね。」

ふふ、と口元から笑みが零れてしまう。彼がほんの少しだけ、はっとした顔でこちらを伺った。見開かれた目を見上げてにこりと笑いかける。彼はすぐに帽子のつばを深く下げて目元を隠してしまった。本格的に照れ始めているのだろうか。

「貴女程ではありませんよ…」
「さあどうでしょうね。少なくとも学校の同じクラスの男子よりも弦一郎さんの方がずっと大人ですよ。」

ダメ押しのごとくもう一言付け加えると、とうとう彼は柄にもなく頬を真っ赤にして俯いてしまった。あー虐めすぎたな。純粋な中学生をこんな風にしてしまったことに少しの罪悪感が芽生える。まして女の子慣れしていない堅物の男の子を!
しかし同時に私の中に芽生える加虐心はめらめらと火種を燃やし始めていた。こんな純粋な反応、他では見られないもの。

「弦一郎くん」
「っ…!」
「…って呼んでもいい?」

帽子のつばをひょいっと持ち上げてその顔を露にさせてからつま先立ちをしてぐっと顔を近付ける。そうしてからあざとく首をちょこんと傾げると、もうその頬から間もなく湯気が出るのではないかと心配になるくらい更に真っ赤に茹で上がってしまった。あー、やりすぎたかな。

「た、たまらん……」
「え?」
「っ、あ、いや、こちらの話…!」
「あー弦一郎くん鼻血出てるよ。ティッシュ今出すね。」
「む…すみません………」











(真田を虐めたくなっただけ!シリーズ化しようか悩んだのでまた思いついたらU、Vと追加しますね)





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