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□こたつを出した日
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灯油も高いし新しい電気ストーブを買うのも億劫な上に出費がかさむだろうということで実家から拝借したのは昔使っていたこたつ布団で、早速我が家に設置してみたのだがこれが案外使い勝手がいいということですっかり半纏で上半身は覆って足元はこたつでぬくぬくとさせて暖を取るのが日課となっていた。こたつの電源を入れればたちまち暖かくなるのだがこれが悪い。全く外に出たくなくなるしベッドにいくのも面倒で、なんせ冷たいお布団の中に潜るのが躊躇われるのだ。その点こたつは電源さえ入れれば暖かいしひとたび温まればしばらくはこたつの中はぬくぬくと熱がこもっていて寝心地も悪くない。昔はこたつで寝ていると風邪を引くからやめなさいと怒られたが一人暮らしの今は私を怒る人間など…

「風邪を引くぞ、寝るならベッドに行け。」

いた。ここに一人、私の恋人がむっとした表情で私を見下ろしているのがわかる。
仕方なく顔だけ上を向かせるけれどどうしても体はついてこなくてまだこたつの中でもぞもぞと暖を欲していた。

「あんまりそうしていると鍋も吹きこぼれるぞ。」
「まだ時間かかるから大丈夫だもん。」
「しかしこたつで寝るのはいけないな。」
「やだ、出たくない。お外寒い。」
「せめて頭を出したらどうだ。こたつのなかで丸くなるのは猫だけで十分だ。」

布団をめくられて頭だけが外気に触れる。さむい。頭上の彼の顔を睨みつけてやると、彼はしゃがんで猫にするみたいに私の喉を指先で弄った。喉がゴロゴロ鳴りそうだ。
ちらりと時計を盗み見ると思ったよりも時間が経っていて、なるほど確かにお鍋が吹きこぼれてしまうかもしれない。でも動きたくない。

「蓮二くんお鍋の様子見てー」
「断る。」
「けちんぼ!蓮二くんにはみかんあげないから!」
「こたつにみかんがないのは寂しいな。仕方ない、見てきてやろう。」

すっと立ち上がって蓮二くんがキッチンへと向かう。お鍋を開けてすぐ閉じて、彼はそのまま戻ってきた。まだ大丈夫だと言って私がいるのとは反対側からこたつに入ってくる。長い脚が私のそれに当たって、彼は膝を曲げた。

「蓮二くん1みかんね。」
「2みかんは欲しいところなんだが。」
「しょーがないなぁ2みかんね。」

手前の段ボールへ腕をのばしてガサゴソと探って、二つのみかんを手にする。テーブルの上にそれを載せると彼は早速皮を剥き始める。寒くなってきた為に上に半纏を着ているのが妙に似合っていてふふふと笑いがこぼれるのも仕方が無いだろう。

「蓮二くんみかんおいしい?」
「む、かなり甘いぞ。良い感じだ。」
「まだもう1箱送られてきてるからいっぱい食べてね。」
「俺も実家から1箱送られてきたんだが。」
「わあ、みかんばっかり。」
「腐ってしまわないか心配だな。早めに消費せねば。」

二つ目のみかんを剥きながら、彼は口元をもごもごと動かしている。蓮二くん一口頂戴と口を開けていると、少し困ったように笑って、ちゃんと白いのをとってから彼は私の口元にみかんを運んでくれた。ほんとだ、甘い。

「蓮二くんもう1個剥いてくれる?」
「む、食べるのか。」
「たべる。」
「あと2個とってくれ。小ぶりだから。」
「うん。」

お鍋の前だけど、と笑いながらみかんをまた二つとる。蓮二くんがまた1つ剥いては私のために白いのをとってくれて、口を開けて待ってれば勝手に運んでくれる。親鳥が雛にこうしてご飯をあげているな、と蓮二くんが突然零した。

「じゃあ私は蓮二くんの子どもだね。」
「こんなすぼらな子供を育てた覚えはないぞ。」
「蓮二くんがなんでもできるからずぼらになっちゃうんですー」
「ふむ、俺のせいか。」
「うん。」

蓮二くんは笑って、また一つ私の口元にみかんを運ぶ。甘くておいしい。じゅわっと広がる爽やかな甘さに思わず頬が緩んだ。蓮二くんが自分の口元にみかんを運び、ぱくりと口に含む。目が合うと、彼は微笑んで見せた。

「そういえば今日は何鍋なんだ。」
「鶏塩鍋だよ。〆は麺買っといた。」
「素晴らしいな。」

薄味のものだとわかって彼がにっと笑う。つみれ入りだと告げると彼はもっと嬉しそうにした。
くつくつと鍋の煮える音がする。ああ、もうちょっとだ。みかんをもぐもぐしながら私はゆっくり腰を上げた。

「お鍋が終わったら桃鉄やろうよ。」
「ふっ、あと49年残っているな。」
「そろそろ蓮二くんを一位から引きずり下ろしてやるんだから!」
「できるかな。」

彼も立ち上がって冷蔵庫を物色し始める。そして戻ってきた彼の手に握られていたものがビールであることを確認して、私は笑った。彼はたいそう気分がいいようだ。蓮二くんはミトンを手にすると火を止めた鍋を持ってすたすたとこたつに歩き始めた。おたまやお椀を手にその後ろをついていけば、振り向きざまに彼が私の額に口付ける。そして何事も無かったかのようにお鍋をテーブルの上に置いてそそくさとこたつに潜った。私はといえば、それににやけて唇の端を緩めてばかりである。

「火傷するなよ。」
「ふーん、蓮二くんと違って私は猫舌じゃないですー」

ぷしゅ、と彼がビールのプルタブを引く。しゅわ、と気持ちの良い発泡音に私もたまらずプルタブを引いた。
こたつのなかは相変わらずぽかぽかしている。桃鉄を始めたら蓮二くんの足の間に入れてもらってくっつかせてもらおう。おねだりをすれば蓮二くんは微笑んでご飯のあとなら構わないよと快く受け入れてくれた。
お外は寒いけれど、おこたの中、蓮二くんとふたりでぬくぬくするのは悪くない。









(昔はうちにもこたつあったんですけどねえ。恋しいなあこたつ。)






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