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□ぽかぽか。
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―――――――


「ッ、苦いし、熱い……けど…」
「けど、なんだ。」
「飲めなくはない…かな。」
「じゃあ、全部飲めるな。」

初めて手にする微糖の缶コーヒーを恐る恐る一口飲んだ彼女はあっさりとそれを克服して見る見るうちにもう一口、ふた口と口をつける。間接キスの機会を失ったのは柳にとって些か残念ではあるが、しかしそれ以上の行為を終えた故に柳は不思議な高揚感で一杯になっていた。女の痴態にそこまで興味を抱いた事は無かったが、好きな女のそれともなれば興奮するもので少しの時間でしか愛し会えなかったことに若干の不満と、ようやく触れられた満足感との間で揺られて地に足がつかないような、そんなふわふわとした感情で揺らされていた。

「柳。」
「ん、」
「一口飲まないの。」
「…間接キスだな。」

機はそれでも回ってきた。差し出されたそれを受け取ってにやりと口元が緩んでしまう。舌を滑るそれは生徒会室で飲んだそれよりもずっと甘くてブラックには程遠いが、彼女が飲んだものだと思えば嫌な甘さではなかった。

「今日のことは他言無用だからね。」
「無論だ。バレるとまずいからな。」
「柳がああいうことするなんて思わなかった。」
「俺も男だ。無欲というわけではない。」
「もっと理性的だと思ってた。」
「言い訳するならば、お前が誘うから悪いんだ、とでも言っておこうか。」
「…誘ってないけど。」
「無自覚というのも心配だな。他の男をそうやって誘ってしまっていそうだ。」
「まさか。柳しか寄ってこないでしょうに。」

みょうじがくすくすと笑った。柳を見上げる彼女からはやはりまだ甘い香りが漂って、彼を誘って止まない。フェロモン、というやつなのだろうか。男を欲情させる何かを彼女は持っていて、それが俺に限定されるものであると仮定するならばなるほど俺がいつも感じていた何か渦巻いた感情とはこういうものだったのかと一人納得する。柳は満足気に微笑んでいた。

「また、取り直さねばならないデータができたようだ。」
「…楽しそうだね。」
「そうか。」
「データを採るときの柳は活き活きしてるから。」
「そうかもしれないな。」

高揚した彼の手は暖かく、珈琲の缶を握っていた右手で触れてもそれが随分と温まっていることがわかる。間もなく訪れる冬に、二人で思いを馳せた。寒い冬もこうして手を繋いで暖を取りながら歩くならば悪くは無いと、一緒に笑っていた。








End.


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