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□愛情のカタチ
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なまえが俺を好いていることは知っていたし、彼女もまた俺が別の女を好いていることを知っていた。その女は俺の知らない男を好きであるから、全員が一方通行の想いを抱いて苦悩していることは明白だった。

俺が片思い相手を自分のモノにしてしまいたいと奮闘する隣で、なまえ
は何をするでもなく隣に寄り添い、時に俺にアドバイスさえしてくれた。健気だ、と最初はそれだけを思った。自分の恋よりも自分の好きな人の恋を応援してくれる。それが最初のなまえの印象だった。
俺がデートを取り付けた時は自分のことのように喜んでくれたし、俺が振られた時には一緒になって悲しんでくれた。なまえはそうして俺を慰めようとしてくれた。そして、俺はそれに甘えた。酷い男だと自分でも思う。

次第に俺はなまえを独占するようになった。なまえに近付く男達を遠ざけるように手を回したりなまえをもっと自分の傍らに置こうとしたり。それが恋心に起因するものではないのに、何故かなまえを誰かに取られたくない、あんな奴らになまえは渡せないと自分を正当化するようにしては彼女を守り続けた。休み時間に教室まで行ったり、部活が終わるまで教室で待たせたり。俺となまえが付き合っていると皆が勘違いするほどに、俺達は行動を共にするようになった。なまえが目に見えて幸せそうにするのが、嬉しくて、どこか悲しくもあった。


「そういうの、キープって言うんだよ。」

昼食時に精市が苦笑いしながら呟いた。箸を止めて彼を仰げば、精市は物悲しげにまつげを伏せてコンクリートの床を見つめていた。少しずつ日差しが強まりつつあるこの初夏に、コンクリートは仄かな熱を帯びつつあった。

「蓮二はなまえに自分を重ねてるんじゃないのかな。自分が振られたから、せめて同じ境遇のなまえには優しくしてあげたいとか思ってるんじゃないの。」
「そんなことは……」
「だってそうだろう。なまえは蓮二に利用されてる。あの子は優しい子だからそれでも構わないって言うだろうね、蓮二に必要とされるならそれでいいっていうだろうさ。でも本当にそれでいいのかい。
…考えて御覧。みんなは今、君たちが付き合ってると思っているからいいけれど、本当はそうじゃなくて蓮二がなまえの恋心を利用して傍において甘えてるだけだって知ったら、きっと皆は蓮二を蔑むよ。あの子は献身的に尽くしてるというのに、その気持ちを踏みにじってるようなもんだろ。」

刺々しい精市の視線は痛いくらいに刺さるし、勿論それは頭の中ではわかっているつもりでいた。最低だと、自己嫌悪に陥ることなんて数えられない程にあって。
でも精市、俺は本当は弱い人間なんだ。確かに部活動だって卒なくこなすし成績も素行も悪くは無い至って普通の優等生かもしれないが、そんな俺だって一人の人間であり男であり、決して聖人君子でないのだ。目の前の甘美な優しさに甘えたくもなるんだ。なまえを必要として止まないんだ。だって、彼女は。

「蓮二はなまえを逃げ場にしてるだけだよ。そんな二人を見てたら俺まで辛いさ。…二人揃って、痛々しいし。」
「確かに、傷の舐めあいでしかないのかもしれないな…俺となまえは。」

なまえの屈託ない笑顔が、脳裏に浮かんだ。あの笑顔を守れるのは自分だけだと言い聞かせてきた。無論、そのつもりだった。なまえが好きなのは俺なのだから、あの笑顔は俺にのみ向けられるものなのだと信じてきた。彼女を幸せにしたいと思った。自分のような悲しいだけの恋をして欲しくなかった。何時だって笑って欲しくて、それと同時にその笑顔に救われて。

「……俺が断ち切るべきは、自分の恋心だけではなくなまえに投影している自分自身なのかもしれない。」

ぽつりと呟いた声が、夏の匂いを帯びた風に連れ去られていく。精市ただ、コンクリートを見つめては俺の言葉を噛み締めるようにゆっくりと瞼を閉じるだけだった。夏の風はまだ俺には温くて、それがどうして悲しくさせるのだった。
なまえも俺も、お互いに依存しきってしまっていると気づいたのはそれから間もなくで。精市の忠告はきっとこれを見越してのことだろうと思った時には不思議と笑いがこみ上げてきた。もう遅かったみたいだ精市、俺はすっかりなまえに甘えることでしかこの気持ちを収められない、俺のしょうもない自尊心は彼女を利用することでしかもう体裁を保つことが出来なくなってしまったのだ。


「どうしたらいいだろうな。」

自嘲気味に零せば、精市もまた笑って――それはどこか俺を小馬鹿にしたような――俺を見据えた。

「どうしたいんだい。」

目の前の神の子は、ほんの少しではあるが俺の心を見透かしたかのようにその目の奥に悲しみの色を称えて、それでもなお笑って見せた。







(Uに続く。と思う。なおノンフィクションを柳さんにやってもらってるというお話です。)


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