Book

□ネオ
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立海は毎年夏休みにレギュラーだけで柳の別荘へバカンス…ではなく特訓合宿をしに行く。柳家の別荘は彼がテニスを始めるきっかけとなったテニスコートが近くにあり、またかなりの広さがあるが故に毎年彼に連れられて皆でテニスをしたり、夜は中学生らしくバーベキューではしゃいだり肝試しと称して深夜徘徊したりするらしい。
らしい、というのは私は行ったことがないし第一毎年行くのはレギュラーだけと相場が決まっているのだ。マネージャーは行かないとばかり思っていたら突然幸村に同行しないかと提案された。

「蓮二との夏の思い出作りも兼ねてさ。悪い話じゃないだろ?最終日にオフにして皆で七里ヶ浜に泳ぎに行くつもりだし。」
「…ちょっと待って幸村。なんで私が柳のこと好きなの知ってるの。ねえ!?」
「ふふ、さあね。…でも、本当に困ってるんだ。赤也は自炊なんてしたことないから包丁持たせられないし、だからといってブン太ひとりに調理場を任せたら甘いものしか食べられなくなっちゃうし。」

ね、お願い。と珍しく素直なうちの部長に頭を下げられては仕方が無い。というか願ったり叶ったりだ。1年の頃から真面目にマネージャーをやってて本当に良かった。るんるん気分で合宿の準備をしていたのがつい先週。そして今私は柳家の別荘で合宿の一日目を終えようとしている。
いざ来てみたら本当に綺麗な別荘で、こんなところにお招きされて良かったのかと身が縮こまってしまう。幸村、真田、柳以外のみんなも初めての柳家の別荘だから感嘆の声をあげたり広い屋内で走り回ったりと興奮していた。主に赤也だ。真田に怒られてたけど。

夜はさすがに自由時間になっているから、みんなリビングでテレビを見たり持ってきた本を読んだり。幸村は体のこともあるから早めに自室に戻ったようだ。柳もいない。
私も自分用の部屋を与えられたけど、少し蒸し暑くてクーラーの効いているリビングに落ち着いている。リスニングの宿題だけ終わらせたくて食卓テーブルでイヤホンをしていると、合間合間に仁王や赤也の声が聞こえてくる。視界の隅では真田が柳生と何か本を手にして出ていったところだった。

「で………あの胸が………」
「…………色気が………じゃの」
「でっしょー!」
「……!………Fカッ……」

英会話の間に挟まる仁王と赤也の会話。ああ、中学生男子めこんちくしょう。私という女の子がいるのにそこで話すかそのネタ!いくら真田がいなくなったからって!

ペンをプリントに走らせて答えを書き留める。また司会の隅で動く影があった。ジャッカルだ。赤也と仁王になにやら話しかけているところを察するにら私がいるから流石にやめろみたいな感じだろう。

その時赤也がこちらに視線を向けた。口元が大きく動く。さしずめ私に聞こえているかどうかを確認しているようなので、敢えて顔色一つ変えずにペンをカチカチと鳴らしてシャーペンの心を伸ばす。再びノートにペンを走らせれば、ほらねとでも言いたげに赤也が笑っていた。聞こえてるぞ赤也。仁王もけらけら笑っている。くそくそ、悪かったな発育途中で!発展途上で!

長い英文が終わり、この問題では20秒間の回答時間が与えられることを伝えられる。答えはわかっていたからすぐマーク作業に入ると、突然赤也の声と、リビングの扉が開く音が響いた。

「みょうじ先輩はあと1カップは欲し…あ。」

いつになく細い赤也の声が聞こえて、思わずそちらを見やってしまった。そこにいたのはドアに手をかけたまま目を開いて赤也を睨み付ける柳で、一瞬背筋に悪寒が走る。柳が、開眼してる。やばい。

「え、ちょ、柳…」
「…外に出るぞ。お前をここに置いておきたくない。」
「今戻ってきたんじゃ…」
「早く来い。」
「…あ、はい。」

有無を言わさない柳の威圧感。なんで怒ってるの、なんで矛先私に向いてるの。やっとイヤホンを外してテーブルにケーブルを纏めると、仁王がはっとしたような顔をした。

「お前さん、イヤホン付けたまま参謀と話しとったな。」
「……っあ。」
「…………すんません。」

しまった、聞いてない振り作戦したのに仁王に破られてしまった。同時に背後の視線が圧を増して私にぐさりと刺さる。くるしい。

「い、今のはリスニング終わったとこだったから…」

苦し紛れにそう言って柳の方へ向かう。普段不憫役のジャッカルが、私をひどく可哀想な目で見ていた。いつも私がジャッカルに向ける視線そのものだった。


「柳……?」
「………」
「ね、柳。なんで怒ってるの……?言ってくれなきゃ私わかんないよ……?」

伺うように恐る恐る尋ねてみる。ペンションを出て海の方まで歩いてきてしまって、目の前は真っ黒い闇が広がっている上に、ザザァと迫ってくる音が酷く不気味で少しだけ足が竦む。柳は砂浜を足音一つ立てずにすたすたと進んでいく。柳がこんなに負の感情をストレートに出すことは珍しくて、彼の言葉でいうならば「こういう時の対処法はデータ不足」だ。

「……連れてきてすまなかった。」
「は……?」
「男ばかりの中に一人だけでは、心細かっただろう。すまない。俺の配慮不足だった。赤也にはよく言って聞かせるし」
「ちょ、柳何のことか分かんないよ。」

慌てて遮れば、彼はようやく振り返って私と目を合わせた。まだ彼の目は開いていて少しだけ怒りの色が見え隠れしている。

「全て聞こえていたのだろう。」
「まさか。」
「では何故俺がリビングに入った時赤也の方を見た。」
「…………。」

うちの参謀には敵わないらしい。彼は全てを見ていた。だから私がすべて聞こえていることを悟ったというわけか。なるほど私があの時赤也の言葉を無視しておけばよかったんだ。
柳がようやく目を伏せる。そして申し訳ないと一言呟いた。

「気にしてないよ。ほら、私実際発育途中だし。」
「俺が嫌なんだ。」
「なんで柳が気にするの。私の事じゃんか。」
「お前の事だから嫌なんだ。好きな女が他の男の下世話な話のネタにされてこれ以上不愉快なことがあるか。」

怒気を孕んだ声が、しかし聞き捨てならない単語を紡いだことにはっと息を呑む。今、柳はなんと言った。
不穏な雰囲気を、また波の音が洗い流そうと迫ってくる。後ずさりたくなる柳の直立不動の姿勢に、胸が詰まりそうだ。柳はしかし動じることは無かった。ただ、私を見据えていた。

「…計画が狂った。本当は最終日に言うつもりだった。」
「う、ん。」
「俺はお前が好きだ。だから、赤也とはいえお前の体の話をされるのは御免だ。」
「…はい。」
「さっきはお前に当たるように連れ出して済まないことをした。どうしてもお前を赤也や仁王から引き剥がしたかった。同時に、お前から目を離した自分に腹が立った。」
「はい」
「こんなタイミングで言い出すのも可笑しなことだと自覚はしている。だが、…お前を早く自分のものにしてしまいたい。下世話な話なんかに巻き込まれないように側にいたい。」
「…はい。」

穏やかな声だった。柳がいつもの優しい声で、みょうじが好きだ、と告げてくれた。さっきまで叱られてたみたいに身を小さくしていた私も、やっと柳の顔を真正面から見て、ちゃんと頷くことが出来た。

戻った先のペンションでは幸村が察したらしく、赤也にきつく言いきかせていたところだった。いつになく反省の色丸出しで私に何度も謝るものだから赤也には悪いけれど柳とふたりで顔を見合わせてふふっと笑ってしまった。柳先輩(参謀)、軽率でしたほんとにすみませんと平謝りする赤也と仁王には明日練習メニューに食器洗いを追加することで示談が成立したから、まあ許してやろう。



「…こんなことが弦一郎にばれたならば二人揃って鉄拳制裁の刑だな。」

満足そうに言う柳の腕の中、同じ布団にくるまっていた。せっかく思いが通じあったのだから、と柳におされて私は彼の自室に連れ込まれたのだ。ずっとこうしたかった、一年の頃からなまえが好きだったんだと照れくさそうに言う柳の顔を仰ぐことが出来ないのは強く抱き締められているからで。クーラーが程よく効いているこの部屋でならばどれだけ抱きしめられても暑苦しいだなんて思わなかった。

「精市にはかまをかけてもらったんだ。」
「わ、ひどい。」
「そうでもしないと俺はお前に想いを告げられそうになかったからな。引退する前にどうしても言いたかった。…好きだ。」
「うん、ありがとう柳。」

幸村には今度お茶でも奢ってやろう。そう考えながらやっと結ばれた恋人に抱かれてうとうと微睡む。柳の大きな手が頭をするすると撫でているのがわかる。
オフの日は柳の取っておきの場所に連れてってもらえると聞いた。どんな場所だろう。笑みが零れそうになりながら、ゆっくりと二人揃って眠りに堕ちていった。




End.

(嫉妬?する柳さんが書きたかっただけです。お前をここに置いておきたくない、は中の人の他作品ネタでした。)





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