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□鏡夜
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翌朝日が登って間もなく弦一郎様の馬が走ってきた。結局夜更けの間際まで蓮二様の書斎であれやこれやと問答をしていたものだからまともな睡眠こそとれてはいなかったけれど、それでも有意義な時間であった。弦一郎様が寺参りから帰ってきてすぐ私と婚約したと蓮二様や精市様に言いふらしてはしゃいでいらっしゃったこと、私が召し上げられたと聞いて激高した弦一郎様が持っていた竹刀を折ってしまったこと、初陣で私が見つからず落ち込まれてしまったこと、城から出られない私を隙を見つけて連れ去ってでも助けようとしたこと、痺れを切らして合戦を仕掛けたのは合戦となれば武人として私が城から出てくるであろうからという蓮二様の計略であったこと。合戦前、弦一郎様は兵士に女だけは殺すなときつく伝令したというからやはり私のことを常常思ってくださっていたのだと胸が熱くなる。



「なまえ、良い髪飾りは見つかったか。」
「ええ弦一郎様。精市様が目利きの飾り屋から献上された物を私に譲って下さるとのことでございます。」
「あいつは優秀な軍師であるとともに華や芸術にも秀でている。やはりあいつに任せて良かった。」

満足そうに笑う弦一郎様の腕に抱かれながら共に馬に乗って峠を駆け下りる。護衛の者もどこか喜ばしいというように口元には笑が浮かんでいた。

「そういえば弦一郎様。私との婚礼の約束は私が物心つく前に弦一郎様自身で取り決められたそうですね?」
「な……っ」

轡を握る手が一瞬だけ緩む。しかし次の瞬間にはまたしかと握り直し私をきっと睨みつけた。まあ怖い。

「可愛らしかったのでしょう?まだ幼い私が弦一郎様を慕ってついて回っていたそうですわね。」

畳み掛けるように言えば護衛の者達がくすくすと笑い始める。ええい笑うな!と弦一郎様が顔を真っ赤にして叫ばれるけれど、それが引き金になったように護衛の者はついにどっと笑い始めた。

「なまえ、貴様ァ!」
「あら、事実ですのに。」
「蓮二か、それをお前に教えたのは!精市か!」
「秘密です。ふふ、私があんまりに可愛いから連れて帰るとか今すぐ元服させろとか散々喚かれたそうですね。」
「そ、それ以上言うなたわけ!」


あらまあこれでは屋敷の童子よりも幼い弦一郎様ですこと。そろそらやめておかなければ周りの者達が馬から転げ落ちてしまいそうだ。現に併走していたはずのものはやや遅れを取りつつあった。


「ええい笑うな!」
「ふふふ」

やはりこの御方は可愛らしい。ねえ蓮二様?
でも少し怒らせすぎたかな。蓮二様の様の計算は大当たりだった。お前がその話をして弦一郎が機嫌を損ねる確率は九割八分五厘だ、だからこれを持っていけとこっそり渡された柳家秘蔵の酒を屋敷に着いたら弦一郎様に差し上げよう。峠を切る風が私の髪を靡かせる。まだ弦一郎様は声を荒らげていらっしゃるけれどきっと機嫌を直して下さるかしら。



End.

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