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□暁更之光
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※戦国パロ



身寄りのないままに村を焼かれ、武家に拾われ、家主が殺されてはまた別の武家に拾われ、慰みものにされ、別の武家に拾われ、今度は武芸を習わされ、戦場へ赴いてはまた別の武家に召し上げられ、また戦へと追い立てられる。
そのへんの若造よりも戦の経験が豊富になってしまったが故に、この戦の采配は無謀であることははなから分かっていたし、命だけは落とさぬようどこかで逃げ出してやろうとすら思っていた。無論、逃げるつもりでいた。

しかし私は思わぬところで敵と見え、槍を交えることとなってしまい既に三人の首を取った。切り捨ててそれでも尚馬を走らせて落ち延びようとした。それが私の運のつきだった。突然現れた黒馬の男に私は引きずり下ろされ、馬はそのままの勢いで崖から滑り落ちていく。ああ、あの馬だけは私の友だったのに。そんなことを思いながら私の体は木の幹へと叩きつけられ、兜も落ちる。首を取られるな、私もここで最後か。悲惨な人生だったなあ、親の顔も覚えてないから往生しても会えないだろうし。武士として死ぬのか、女にしては珍しい経験だからきっと生まれ変わっても後にも先にもこれが最後の経験だろう。ならばと潔く死を享受するつもりだった。覚悟は決まっていたから、私は私を殺す男の面でも拝もうとゆっくりと顔を上げた。
刹那、槍の矛先が私の喉元でぴたりと止まる。木の陰で辺りが暗くなっているからその男の顔はよく見えないが、しかし鋭い眼光だけはしかと捉えた。息を飲み、来るべき焼けるような痛みを待つが、しかしそれはやって来ない。男は槍を引き、私から一歩離れる。なぜ、と喉の奥がひゅーひゅーいうようなか細い声が出た。

「女を貫く槍など持っていない。」

それが、私が初めて聞いた彼の声であり、言葉だった。






「…何を考えている。」
「昔の事を少しだけ。」

結局彼は傷ついた女を見殺しにできない好青年だったがために、混乱に乗じて私を連れ帰って、こうして屋敷に住まわせている。前の主人は私を連れ帰るなり早速体に手を出してきたが、この男はどこまでも心優しいがために私を着替えさせ、体を清めてから十分な食事と手当を施した。これまで手厚く保護されたことなどない私は警戒もすっかり解いてしまって童子達も随分と私に懐くものだからすっかり武芸から離れて歌を詠んだり花を愛でたりと生活はがらりと変わってしまった。
そしてこの屋敷の主人であり私を拾った当の本人…真田弦一郎殿は私の隣で静かに酒を嗜んでいた。月を眺めながら、少し温くなった酒を煽っていく。
私は酒を飲めない体だから弦一郎様の隣にいる理由も特にないが、離れる理由もないのでなんとなく一緒に月を眺めていた。

「弦一郎様、」
「何だ。」
「何故貴方様はあの日、私を殺さなかったのです。」
「愚問だ。俺は女を殺さない。」
「私は女である前に武人でございました。貴方の手下を三人ほど手に掛けたものです。」

月を背に、弦一郎様が立ち上がる。何も言わずに縁側を離れたかと思えば、すぐそこにある蔵よりあの日と同じように槍を抱えて私の元に戻ってきた。

「この槍は…合戦で討死された祖父から賜ったものだ。その際に祖父は俺に女だけは貫くなと…それは厳しく言いつけられた。例え部下を手にかけた女であっても、だ。」
「……」

厳しく諭すような口調に、自ずと首を縦に振る。弦一郎様は分かればよい、とだけ言い残し、槍を蔵へと戻した。
長槍はいつも戦の際に彼が手にしているものであるけれど、何度見てもその長さに圧倒される。誉れ高き真田家の名声は武士の頃から小耳に挟んではいたものの、その真田家に引き取られるなど思ってもみなかったことだ。槍の名手である真田家代々の当主の槍をこの目で拝めるのはある種武士としては栄誉でもある。

「…お前は早乙女家に召抱えられていたようだが…」
「何故それを。」

耳にするのも嫌な前の主人の名。あの狸親父…弦一郎様の同盟主である幸村家の家臣・切原殿に討ち取られたとは聞いていたが、報せが来た時には胸をほっとなで下ろしたのは私と童子の秘密である。私はあの男が嫌いだったから討ち取られて清々したものだ。しかし久方ぶりに聞いた名前にうっと顔をしかめる。

「蓮二から聞いた。あいつの死に様醜くて仕方なかった、と。そして主君たる自分から逃げたお前を呪うような言葉を吐き捨てて首を切られたとな。」
「…そうですか。」
「早乙女家の横暴は許しておくわけにはいかなかった。それ故のあの合戦だ。お前のような女ですら武人として利用した、あの下劣な男を生かしておけなかったのだ。」
「まるで私が利用されていたのを前々から知っていたというような口調ですが…」

からかうようにふっと笑ってみせる。しかし返ってきたのは知っていたに決まっておろう!という怒鳴るような声で、はっと息を呑む。そういえば合戦の時、宣戦布告してきたのは真田・幸村連合軍のほうではなかったか。開戦の理由こそ私は存じ上げなかったが、まさか。

「…すまない、熱くなりすぎた。」
「弦一郎様……」
「俺はお前を娶るつもりだ、なまえ。早乙女家に召し上げられる前に俺が元服を済ませていれば、お前の手を汚すこともなかったと思うと腹を斬りたくなる。」

やけになった弦一郎様が瓶ごと酒を飲み干す。眉間の皺がより一層濃く刻まれていた。そして娶る発言。このお方は酒が回りすぎたのではないかと思わずお水をお持ちしましょうかなんて言葉が喉元まで出たが、しかし私を見つめる弦一郎様の表情は戦人のまさにそれであり否とは言わせまいとする圧を感じて言いたいことが全て声にならないまましゅるしゅると消えていく。
既に体を汚された売女、血に塗れた武人なり損ない、そして死に損ないの私を娶る、なんて。ありえない話にも程がある。

「なまえ、お前が自分にどのような負い目があろうと俺はお前を娶ることに決めている。」
「お言葉ですが弦一郎様、それはなりません。私のような下賎の身よりも弦一郎様に見合う姫君を娶られた方が」
「お前以外の女になど興味は無い。元より、お前は俺と幼い頃に婚姻の約束をしただろう。」
「はい?」

言葉一つ返せばとんでもないことがまたひとつ発覚する。なんてことだ、私が幼い頃に弦一郎様に会っていた?たしかに私の一番最初の記憶は村を焼かれたものだから親の顔も知らないけれど、でも。弦一郎様が会っていたということは私はもともと武家の子女だったことになる。
百面相していたのだろう、弦一郎様がぐっと私の方に顔を寄せて怪訝そうに見つめている。

「覚えていないのも当然か、お前はまだ二つの頃だった。」
「は………。」
「しかし俺の心は変わらぬ。あの日からお前だけを好いてきた。
今一度告げよう。俺はお前を妻として迎え入れたい。」

私が二つの時にそんな約束が取り付けられていたのかとか私の昔のことを知ってたのかとか、とにかく聞かなければならないことは沢山あるのに言葉がうまく紡げない。弦一郎様は畳み掛けるように強い眼差しで私を射抜く。でも、その中にほんの少しの慈愛が混ざっていることも分かっているから、甘んじてそれを受け止める。
人生捨てたものじゃない、とやっと思えた。泥に塗れた劣悪な環境で弄ばれ詰られ罵られたあの日々から救ってくれたこの人になら、私の残りの生を、この身を、心までもを差し出してもかまわない。


「…添い遂げましょう、貴方様と。」



End.

(とりあえずいろんな設定突っ込んだら長くなってしまったけれどまだまだ書きたいことが沢山あるのでそのうち後日談とか書こうかな…!空腹に負けました一旦ここまで!)





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