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□これを恋と呼ばずなんと呼ぶ
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私はあなたの妹弟子です。
入学してきた彼女は早々に俺の前に立ちはだかるなりそう告げた。あくと兄さんにデータテニスを教わり、そして家族の都合で神奈川に引っ越してきた彼女はあくと兄さんに言われるがままに立海に入学、俺を探してやっと出逢えたのだと嬉しそうに言ったのは今でも鮮明に覚えている。あくと兄さんに俺と同様にデータテニスを習った彼女は、間もなく俺と同様に一年にしてレギュラーの座を勝ち取ったと聞いた。
そしてその報せを持って彼女は俺にもデータテニスを教えて欲しいと男子テニス部の部室に踏み込んできた。幸村や弦一郎は昔の赤也のようだと笑ったが、俺にとっては昔の自分の姿を重ねてしまってどうしようもなく恥ずかしくなってしまったのだ。そして熱意に押されてついに彼女は俺の弟子となった。自分のメニューをこなしながら熱心に俺を教えを請うては難なくこなしていく。さすがあくと兄さんから直々にテニスを習っただけあって飲み込みも早く、いつの間にか赤也が彼女をライバル視していたのも面白い。

「蓮二兄さん!」

そして今日もみょうじは走ってくる。犬が飼い主を見つけて一目散に駈けてくる様に似ているから、いつの間にか仁王がみょうじを参謀の犬と呼んでいたのもなるほど納得がいく。

「課題、終わりました!」
「早かったな、では読ませてもらおうか。」

今日の課題は赤也の分析。先日練習試合をさせ、その結果を分析して俺に見せろという少し難易度の高い課題を出したつもりだったが、みょうじはものの2日でまとめあげてしまっていた。

「赤也の癖をよく捉えている。これは合格点だろう。」
「蓮二兄さんのおかげです。この一年間、みっちり鍛えられましたから。」
「そうだな、あれほど苦手だった6桁の掛け算も今では完全に習得できている。」

さてご褒美だ、とみょうじの頭を撫でてやる。もっとも、俺が触れたいだけなのだがみょうじは気持ちよさそうに目を細めて微笑むものだから余計に触れたくなる。
ご褒美、と称して好いている彼女に触れる俺は狡いものだ。

「蓮二兄さんのなでなで、好きです。」
「そうか。」
「蓮二さんの兄さんは手が大きいから、なでなでされるとあったかくなります。」
「…そうか。」

好きなのは撫でるこの俺の手だけなのか、とやや複雑な面持ちになってしまう。観察眼の鋭い彼女はそれすら見越して「蓮二兄さん、」と顔を覗き込んできた。

「……蓮二兄さんの手も、声も好きですよ私。」
「心を読む方法を教えたのは俺だったが…これは一本取られたな。」
「蓮二兄さんはテニスの時はどんな手も読んでしまわれるのに、私の心は読めないんですね。」
「さすがの俺も、女心は理解出来ないからな。」

そう、これが本音だ。女の考えることはよく分からない。話していても話題がよく飛ぶし、みょうじにかんしてもそれなりの付き合いはあるのに未だに心を読むことは出来ないままでいた。

「じゃあ、私の勝ちですね。」
「テニス以外で勝負をした覚えはないが…」
「私、分かったんです。とってもいいこと、分かっちゃいました。」
「…とってもいいこと?なんだ、それは。」

得意げにクスクスと笑い声を漏らすみょうじは、そのうちに恥かしいだの言っちゃおうかなぁどうしようかなぁと俺の周りをくるくる回り始める。普段こそ真面目な弟子だが、今目の前にいる彼女は恐らく教室にいるときのひとりの女子生徒としての姿に戻っていた。

「早く言え、気になるだろう。」
「蓮二兄さんに勝てるものってなかなかないから嬉しいんですもの。…じゃあ教えてあげますね。」

ようやく俺の前でピタリと足を止め、少し赤らめた顔に笑みを浮かべながら俺を見つめた。みょうじの綺麗な瞳には俺だけが映っていて思わず目をそらしたくなる。俺のそれよりも小さいみょうじの手が、俺の頬に触れた。


「蓮二兄さんは私のことが好きなのです。私を恋しく思って下さっています。

そしてそれは、私も、同じです。私達、両思いです。」

「………俺は……」
「俺は今までご褒美と称してお前に触れていたような狡い男だ、それでもいいのか?…でしょ、蓮二兄さん。
答えはイエスです。私はそんな蓮二兄さんが好きです。狡くても、触れてくれる蓮二兄さんのことが大好きです。」

するりと頬を撫でるみょうじの手が滑り落ちる。これはしてやられた。恋愛に関しては俺よりもみょうじの方が上手だった。
俺の完敗だ。認めよう。お前の観察眼と分析力にこの柳蓮二、敗北した。そう言うとみょうじは微笑んで「私は一目見た時から蓮二兄さんのことが好きでしたよ」と照れくさそうにはにかむ。

「では、兄弟子としてではなく彼氏として…こういうことをしても狡くはないな?」

負けはいけないな、といつかの後輩に言ったように自分に言い聞かせる。そう、負けっぱなしでは王者名が廃るというものだ。ましてこの柳蓮二、王者立海の3強、参謀として完敗を認めてはい終わり、というわけにはいかない。

突然の俺の余裕に驚いたみょうじの背中に腕を回す。ぐっと縮まった距離に顔を背けたみょうじの顎を持ち上げて唇を重ねれば、縋るようにブレザーを小さい手が掴む。息が詰まったであろう彼女を開放してやれば、目のやり場に困り果て俺と目を合わせまいとあちこちに目を泳がせてひどく動揺しているみょうじがそこにいた。

「兄さんは、ずるい、です…」
「常勝の名の下、お前に負けるわけにはいかないからな。これからも攻めさせてもらおう。」

せ、攻めっ……と口をぱくぱくさせて耳まで赤くした彼女が可愛くて、喉から笑い声が漏れた。あくと兄さんがこのことを知ったらなんと言うだろうか。あの人のことだからこのことまで見越していたのかもしれない。それなら感謝しなければならないな。

優秀な妹弟子にして俺の助手、そして魅力的な彼女を紹介してもらえたことに。




End.

title 確かに恋だった様より



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