妃と僧侶の恋

□第二章
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久しぶりに妃らでお茶会を開いている昼下がり。
立体的な花の模様があしらわれた華やかな食器に、香りだつ紅茶、栄陽から取り寄せた菓子。

あまりにも優雅で、後宮へ来る前には考えられなかった光景。

他の妃が談笑しているのを聞きながら、空を見つめてうつける。
なんと贅沢なことだ。


特に話の輪に入ることはなく、いつも私はこんな感じで、お茶会に参加している。


だが今日は、たまたま1人が切り出した話題に興味を持った。
その女は、仲の良い宦官がいるために裏で色々と情報が耳に入るらしく、結構な情報網のようだった。


「そういえば、七星士様方は、巫女様と共に残りの3名を探しに旅をしていらっしゃるようで」
「そうなのですか?」
「ええ。朱雀を呼び出すことができ、紅南国の平和が救われれば、陛下も私らに興味を持ってくださるのでしょうか」
「そうですね…」


皆がしんみりとする中、けろりとして私は質問をした。


「その、朱雀七星士様方は、どのような方々なんですか?」


会話に参加するなど珍しい、と言わんばかりの妃らの目が私へと集中する。
私はとても高貴な身分では無かったので、そのような伝承を耳にする機会があまり無かったのだ。
朱雀七星士については、彩賁帝や康淋も関係しているし、興味があるから、是非聞きたい。

「それでは、お話致しましょうか」とにこやかに話し出す女の話を、身を乗り出すようにして聞いた。










「現在いらっしゃるのは、鬼宿様、星宿様、柳宿さん、井宿様だそうで、残りの3名は翼宿様、軫宿様、張宿様です。この星宿様、柳宿さんというのが陛下と康淋さんですね」
「うんうん」
「鬼宿様は武術、星宿様は剣術がお得意、柳宿さんは怪力の持ち主で、井宿様は術を使われる僧侶であるそうな」
「へぇ…」
「そしてそれぞれ身体の一部に朱文字があります。朱雀七星士としての印、証ですね」
「朱文字、ですか?」


『朱文字』という3文字を聞いたとき、ふと先日の出来事が浮かんだ。

あの青年の右膝に見たもの、あれは確かに朱文字であった。
男がこちらへ歩いてきていたあのとき、周りを見回しても誰もいなかったははずなのに、男が鎌を振り上げた瞬間にあの青年は急に現れ、数米(メートル)先まで男を吹っ飛ばした。
そして、男と共に消えた。
よくよく考えると、青年には不可思議な点が多々あったのだ。


「あの、術を使われる、えっと…ち、ち」
「井宿様ですか?」
「ええ!その方はどのような文字が浮かぶのですか?」


迫ってくる私の勢いがすごかったのか、女は少し身を引き、目を丸くして言った。


「井戸の井、ですよ」


やっぱり…!


「どうなさったのですか?」
「いえ、なんでもありません…」


この前会った青年は、朱雀七星士の1人だったのだ。
推測が確信に変わったことに私は高揚を覚え、彼のことを考えた。





***





今夜は寝つきが悪い。
寝台に入ってから随分経つはずなのに、眠気は一向にやってこない。
苛立って何度も寝返りをうったりしたが、余計に目が冴えてしまう。
諦めた私は、自室を後にした。



夜もきっと深い頃なので、別室で眠っている人たちを起こさぬよう、静かに廻廊を歩く。
その途中で、ふと天を見上げた。
真ん丸と丸い満月。晴天なので、雲一つない。その満月は自己を主張しているかのように綺麗に輝き、心地のよい夜風は髪を梳くようになびく。

知らぬ間に立ち止まり、私は手すりに身を預けていた。

いい気持ち…





「だーっ!」


満月が突然狐の顔に変わったことに仰天して、私もつい「だあぁぁぁっ!」と叫んでしまった。
甲高い陽気な声の主は、先日の青年……朱雀七星士、井宿ではないか。


「はぁ、びっくりした…」


青年は「驚かせてしまってすまなかったのだ」と罰が悪そうに顔に手を添える。
そこから、皮のようなものが捲れるではないか。
ひ、ひぃっ、化け物!?

妖怪にも見えるその姿から現れたのは、初めて見る顔だった。

左目から鼻の辺りまで伸びる古傷。
しかし、優しそうな右の瞳、凛々しい眉毛、くっきりとした鼻立ちに引き締まった口元。


その美しさに、心を奪われた。










「おーい、どうしたのだ?」


ひらひらとチラつく手のひらに、ハッとして我に返る。


「あ…すみません」


彼はまだ呆然とする私には目もくれず、手すりの向こうから細身の身体が腕一本で隣へと下り立つ。
そして真っ直ぐに天を見上げるので、私はその横顔をこっそりと盗み見た。



この人、こんなに綺麗な顔立ちをしていたんだ。
美しさに魅了されて棒立ちになるだなんて、絶対に挙動不審だと思われたよなぁ。

………でも。
もう二度と会うことはないだろうと思ってたから、また会えて嬉しいなぁ。





「月を見ていたのだ?」


天を見上げていた視線が急にこちらへ向くのに少し緊張したが、平静を装って私も返答をする。


「え、ええ、今日の満月はとても美しかったので」
「あれから、大丈夫だったのだ?」
「はい、おかげさまで。先日は本当にありがとうございました、井宿様」


彼の顔が曇る。場の空気も凍った気がした。


「何故、その名を…」


しまった。
私が彼を七星士だと知ることは、何か都合が悪いことだったのだろう。


「あの、他の妃から聞いたもので」
「………他の者に、オイラが来たことを話したのだ?」
「話してません!話したら、後宮内に男性が入ったことが知られてしまいますので…」
「ありがとうなのだ」


先程と態度が一変して「では、さらばなのだ」と長い杖をシャン、と鳴らすのを「待ってください!」と強めに引き止めた。
これを止めなければ、次はいつ会えるか分からない。


「まだいらしたばかりではないですか、お話をしましょう?」
「オイラは、君の様子を見に来ただけなのだ。また誰かに襲われていたりしたら、まずいと思って」
「私とお話するのが嫌なのですか?」
「そ、そういうわけでは…!」
「では、お話しましょう?」





***





「では、現在井宿様は術で、旅に出ている星宿様のお代わりになっていると?」
「秘密なのだ?あ、星宿様の真似を見るのだ?」
「拝見したいです!」
「……醜いものは許さん!」
「ふふふっ、そっくり!では、私は康淋の真似を致します」
「どれどれ…」
「はぁぁ、陛下ぁ…なんて麗しいのぉ…」
「ぷっ…似てるのだ」
「でしょう?」


最初は沈黙が続いて、話したいなどと言って強引に引き止めてしまったことを少し後悔した。

だが、時間を追うごとに双方の口数も増えた。
夜が更ける頃には、意気投合して他愛もない会話をして笑いあようにまでなっていた。

その時間が、とても楽しかった。

気づけば、かなりの時間話し込んでしまったようだ。


「井宿様、お時間は大丈夫ですか?」
「様、なんて付けなくていいのだ。あと、できれば敬語もやめてほしい」
「ですが、七星士の方であり、私より6つも年上の方ですし…」
「そんなこと、気にしなくていいのだ」
「じゃあ、井宿さん」
「さんもいらないのだぁ」
「うーん」
「呼べない子にはいたずらの刑なのだ?」
「えー…」


少々困りながら「井宿」と呼ぶと「なんなのだ?甜歌」ととぼけた顔をして返してきた。

それが、私たちの関係が深まった証のように思えて、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。

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