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□ご褒美は…?
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白石の「休憩や」の一言で全員が動きを止めた。
俺も自分のタオルが置いてある場所に行って、流れた汗を拭う。
…あ、大富や。
声をかけようとしたけど、また男と話しとる。
仕方なく俺は息を休めながら二人の会話に耳を傾けるしかなかった。
「え、そうなん?」
「おう、毎日家帰ったら筋トレやな」
(筋トレやったら俺も普通にやるわ)
「大変そうやね…ねぇ、ちょっと筋肉見せて?」
(はぁ!?)
「ええよ」
(いや、ええんかい!)
「やった♪すご〜い!固そう!」
「触るか?」
「うん」
(うんやないわ、お前、何触っとんねん!!)
「わぁ、カッチカチや!」
(………)
甲高いキャピキャピとした声に、ニコニコした笑顔。ふとしたときにするアヒル口、上目遣い、ボディタッチ。
全部きっと、狙ってやってる。
別にそんなに特別顔が可愛いわけでもない。いや、ブスでもないけど。
ただ、男を転がすのが上手いんや。
俺もそんな戦術にまんまとハマって、あいつにゾッコン、そして告白……もうすぐ付き合うて2ヶ月。
こんな風に、大富が違う男と二人で話しとることはよくある。
その度に俺はいつも葛藤する。
付き合うた俺が悪いんか?こういうことになるの分かっとったんやから嫉妬すんなて?
…いや、付き合うとるんやから他の奴と仲良うすんなや。
はぁ、ムカつく、ムカつく。
ええ気分せぇへん。
俺は物にあたるような気持ちで、くわえたストローを歯でぎしっと噛んだ。
「なんか謙也きゅん、ちょっと不機嫌とちゃう?」
「そうか?いつもと一緒やないか?」
小春とユウジか…
こんなときに、鬱陶しいな。
「いーや、アタシには分かるで。春佳ちゃんが他の男のコとベタベタしてもうて、自分には構ってくれへんからヤキモチ焼いとんのや」
「あ〜そういうことか」
「……」
「遠目から他の男と仲良うする彼女の姿を指くわえて見るしかない。俺、彼氏なのに………なんて悲しいんやろか」
「うわぁ、悲しい悲しい」
「おのれら人の心境を勝手に読むな!!!」
あかん、怒鳴ってもうた。
しかし、小春の言うことがあまりに俺の考えと一致していて、怒りが煽られたのだ。
余計腹立つ…
「でもぉ、謙也きゅん、このままでええん?」
「ええはずがあらへん」
「せやで。それでこそ謙也きゅんや。春佳ちゃんにガツン、言うてみ?」
***
ガツン、か…
校門でいつも一緒に帰る彼女を待ちながら、小春に言われたことを考えていた。
あ、来た。
……て、また男と一緒かい。
大富は、俺の姿を見つけると隣の男に手を振り、こちらへ犬のように駆けてきた。
もちろん、にっこにこの笑顔で。
可愛い…可愛いなぁ。
い、いや、ちゃう!騙されたらあかん。
「謙也くん!待っててくれて、ありがとう」
「いいえ」
「今日は全然話してないもんな〜!久しぶりで嬉しいわっ」
「せやな、めっっちゃ久しぶりやな」
意地悪のつもりで、ちょっと皮肉を込めた返しをした。
「なんや謙也くん、怒っとる?」
お、ちょっと気にしとる。
大富の潤んだ瞳が揺れる。
ええ感じや。
ガツンや、ガツンやで。
「怒っとるに決まっとるやろ。何でオマエ、俺の彼女やのに他の男といつもベタベタしとんねん。
今日やって、部活の休憩んとき、男の腹触っとったやろ。
俺が怒らん思うとんのか。ええ加減にせえや。俺のこと好きとちゃうんか」
すごい剣幕で、吐き捨てるように言った。
「………」
いつもはペチャクチャとマシンガントークを繰り広げるくらいよう話す大富だが、今はしばらくの間沈黙している。
シュンとしてるわ。
ええ気味や。
そう思ったとき。
大富はいきなり立ち止まったかと思うと、涙を流し始めた。
「…っ、ひっく……」
あかん、ちょっと言い過ぎてもうた?
「すまんすまん、ちょっと言い過ぎてもうたな、すまんな」
彼女は俯いて、溢れる雫を拭いながら首をぷるぷると振った。
「私もごめん。謙也くんの気持ち、全然考えとらんかった。ごめん。本当にごめんね。謙也くんのこと、大好きやで、もう他の男の子とあんまり、話さん。やで、怒らんで?」
「もう、ええて」
“謙也くんのこと大好き”
その言葉が不覚にも嬉しくて、俺のことを思って泣いてくれている大富の姿が可愛くて、許してしまった。
「本当に?」
「おん」
「…ありがとう」
大富は、涙を拭いて嬉しそうに腕を組んできた。
きっとこれも戦術だ。
それにまたハマっとる俺も馬鹿な男やな。
やけど、ええか。馬鹿な男でも。
それでもこいつのこと、好きやから。
「ねぇねぇ謙也くん、私のこと名前で呼んで?」
「えっ…無理!」
「おーねーがーい」
「………春佳」
「ふふっ、よくできました♪ご褒美、欲しい?」
「ご、ごごごご褒美!?な、なに?」
ご褒美といえば、あれやろ…な?
「それは、き…」
せや!き…
「きなこもち、奢ったる」
きなこもち…!?!?!?
ご褒美言うたら“キス”ちゃうん!?
「どないしたん?ほら、行くで!」
屈託のない笑顔で俺の手を引っ張る春佳。
やっぱり、いつか仕返ししたるからな…!