空を自由に飛べ
□空を自由に飛べ8
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「……憧れ、か」
言いたいことだけ言って店を出て行った岩泉の背中を見送り、もはや誰もいなくなった店の天井を見、名前は小さく呟いた。
苗字名前もまた、及川徹や岩泉一のように憧れる選手がいた。
全くバレーに興味のなかった小学二年生のとき、たまたまつけたテレビで試合をしていた。
最初は、ただなんとなく見ていた。
次第にルールはわからなくとも楽しくなり、目に留まる選手がいた。
彼女がエースでスパイカーという意味は全くわからなかったが、ただ単純に凄いことだけはわかった。
バレーへの興奮が冷めぬまま、母親に自分もあんな風に――あんなバレーがしたい、とねだった。そして母親は嬉しそうに頷き、次の日には近くのクラブに入ることができた。
最初は新しいことに戸惑いを感じた。
次にプレイする楽しさを覚えた。
最後に――憧れがいなくなったことに絶望した。
一年、また一年が経つと、知識を身に着け始めた同級生とのいざこざ、両親の不仲が重なり、耐えられなくなった名前は救いを求めるかのようにテレビをつければ――そこに映ったのは憧れの選手の引退発表だった。
スポーツ選手ではよくある、怪我による引退だった。
なんとなく裏切られた気分だった。
特に話したことがあるわけでもましてや会ったことがあるわけでもないが勝手に思った。
勝手に憧れて、勝手に裏切られた気分になって。
そしてそんな自分勝手な自分にがっかりした。
なんて自分勝手で薄情なんだ、と。
誰が誰を受け入れ、どう思おうが自由だが、それでも彼女はそんな自分が嫌だった。
自分の思いを受け入れてほしい勝手が。
自分の想いを知ってほしい勝手が。
だから名前は『憧れ』ることをやめた。
二度と『憧れ』ることも尊敬することもしないと自分に、バレーに誓った。
自分自身を信じ。
自分の周りだけを信じることにした。
楽をしようとして、
気持ち的に楽になった。
やめることの大切さを知って。
色々諦めてやめていった。
けれど、それでもバレーをやめることだけはできなかった――去年までは。
断ち切ったと思っていた名前の前に現れた二人の男子高校生は名前に『憧れ』ていると言った。
どんな思いで『憧れ』、どんな思いで今の自分を見たのだろうか。
少し気になったが、しかしそれを知ったところでどうしようもないことに気付き考えることをやめた。
――俺たちの試合見てほしいんだ。
数分前までここにいた彼の言葉を思い出す。
(どうしようもない? ――本当に?)
自分にしては珍しいことを考えているのはわかっている。
珍しく変なことを考えているのは重々わかっている。
わかっているけれど――
「……とりあえず」
行く行かないかは別として、二人の学校がどこなのか知ることから始めよう。
それからでも、遅くないだろう。