空を自由に飛べ

□空を自由に翔べ6
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『跳躍の女神』

それは、時代の流れと同時に人々の記憶から消えていこうとしている名だった。

烏野高校一年生、日向翔陽が憧れている『小さな巨人』よりもほんの少し先に世間に知れ渡った二つ名。

百六十五センチという、バレー競技の中で小さな身体ひとつで当時の烏野高校女子バレー部を全国大会にまで導いたとされている。

それが――苗字名前である。

「こらこら、人を指差さないとご両親に教わらなかったのかい?」

「なんであんたがここに!? 東京にいるんじゃないの!?」

「あたしがどこにいようがあたしの勝手だろ」

いまだに指を指す及川の右腕を、名前は右手で払い落とす。

「いたっ……。バレーをするために東京に行ったんじゃなかったのかよ」

「そうだったけど、大学も卒業したし色々あってこっちに戻ってきたんだ」

「俺は春高の試合しか見てなかったけど、あんたなら世界に選ばれてもおかしくはなかった! なのになんで今、家業手伝うなんてことしてんだよ!」

及川徹にとって苗字名前は憧れの存在だった。

日向翔陽が『小さな巨人』に憧れたように。

性別は違えど、及川徹にとってそれは些細なことだった。

チームメイトをまとめる姿。

コートを駆ける姿。

真剣な表情。

点が決まったときの満面の笑み。

その姿に魅了され――惹かれた。

これで彼女が天才だとしたらきっと嫉妬や嫌悪感でどろどろしていただろう。多分、きっとその方が楽だったかもしれない。

しかし彼女が天才などではないことは、当時幼い及川でも見て取れた。

画面越しに映る彼女はいつもテーピングに覆われていた。

肩、二の腕、ふくらはぎ、指の一本一本は目立たないベージュのテーピングがいつも巻かれていた。

しかし決してそれを苦にしていなかった名前が好きで、いつか自分も彼女のような選手を目指していた。のに――そんな彼女がエプロンを身にまとい、今、目の前にいる。

「……だから、色々だよ」

「…………なんだよ色々って」

一切表情を変えない名前の姿に及川は泣きたい気分だった。

本当は、名前の言う『色々』に及川はなんとなくわかっていた。

将来有望のはずだった選手が晴れの舞台ではなくこんなところにいる理由なんて、そう多くはない。

でもそんなものを認めたくなくて――

「………………っ!」

「あ、おい……!」

及川はその場から逃げるように店を出て行った。





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