空を自由に飛べ
□空を自由に飛べ20
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本日五月五日。
いわゆる――子供の日、である。
毎年この時期になると名前のスポーツショップは学生のみに割引が働く。
ただしそこに付け込んで大人が自分の分をついでに購入することがあるので、購入する際は大人ではなく子供がお金を支払うように設定してある。
まあ、ここで親が子供に頼んでしまうケースは少なからずあるのでこの設定が生かされているかどうかは別の話ではある。
なので、この時期は大人よりも学生のほうが店内に多かったりするわけだ。
「ったく、ちゃんと準備しとけっていっただろうが」
赤いジャージを着た二人の男子のうち、一人がとげとげしくもう一人に言い放った。
「すみません、行けると思ったんすけど」
「何の根拠だよ。向こうに残った連中のために救急箱の中身少なめにするって言っただろうが!」
「もう、夜久さんそんなに怒んないでくださいよっ!」
ぱっと見、男子にしては背が低い男の子が自分より背の高い男の子に文句を言っている。……先輩なのだろうか。
基本運動部はこういった上下関係がしっかりしているためわりかしわかりやすかったりする。
「んで、何がなくなったんだ?」
「テーピングっす! 夜久さん! 今日学生割引があるみたいっすよ!」
「おお、そうなのか。……俺もなんかみとくかなあ」
「結局夜久さんだって見るんじゃないですか!」
「うっせえ」
いくら店内にBGMが流れているとはいっても、彼らの声は店内によく響いた。今日はまだ比較的に人が少なくて助かった。
下手をしたら軽くクレームが入ってしまうところだろう。
「すみません! これお願いします!」
テーピングのほかにも冷却スプレーやシップを両腕に抱え、台の上にのせる。
店内に設置してある籠を使えばいいのに、両腕で溢れんばかりの商品を抱えている姿は、なんだか小学生みたいだ。
(…………高校生相手に思うことじゃないな)
とりあえず無造作に置かれた商品を丁寧に並べながら、
「かしこまりました」
名前はバーコードを読み込んでいく。
標品のバーコードをすべて読み込み、小計を押してから学生割引のボタンを押し、もう一度小計を押す。
表示された金額を提示し、提示された金額から少し多めにお札をもらい、おつりを返す。商品を袋に入れ、「ありがとうございました」の言葉とともに手渡す。
「どもっす」
ひとつひとつ丁寧に返事があり、今の時代には珍しい好青年のようだ。
「夜久さん! 終わりました!」
「おー」
……ただし、もうひとりの連れの姿が見えないからと大声で報告するのは頂けないが。
「あれ」
名前に背を向けた少年の姿を見、声が漏れた。
そこにはローマ字で――NEKOMAと、書かれていた。
「きみ、音駒高校の子?」
――音駒高校。
それは、名前の記憶が正しければ東京にある高校である。
宮城にいるはずがない高校の名前である。
「えっ、知ってるんですか!?」
名前に背を向けていた少年がぐるんっと身体を回転させ、嬉しそうに言う。
「ああ、うん。あたしも去年まで東京にいたし、音駒に知り合いがいるんだ」
「そうなんですね!」
「ちなみに、きみ、何部? 遠征?」
「バレー部っす! 合宿でこっちに来てるんです」
「バレー部、か。……猫又先生はまだ復帰されてない?」
「いますよ! 監督!」
「! ……そっか、復帰なされたんだ」
よかった。
名前は安堵の息を漏らした。
東京で少しだけお世話になった方だった。体調を崩したと聞いたのは顔を出さなくなってからだ。それから一切容体を聞いたことがなかったが、どうやらバレーに復帰したようで安心した。
「猫又監督のこと知ってるんですか!?」
「うん、昔少しお世話になってね」
「じゃあ明日、練習試合するんで見に来てください! きっと監督も喜びますよ」
「……明日か」
明日は午前中だけシフトが入っていた気がする。見に行くなら午後からだろうか。
いつもならここできっぱりと断るのだが、しかし相手が音駒高校で猫又監督がいるんだ。断る理由が無かった。
「わかった、見に行くよ。相手高校は?」
「烏野高校です!」
「………………ははっ」
まさかの対戦相手に笑いが零れた。
数年越しの因縁の対決だ、名前本人が関わったことなど一度もないが嬉しくないわけがない。
「楽しみにしてるよ」
「はい!」