空を自由に飛べ

□空を自由に飛べ8
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青葉城西高校男子バレーボール部主将・及川徹が部活中に怪我をした。のちに捻挫だということがわかり幾分か安心したが、副主将でありエースでもある岩泉一は怒りを覚えた。

大事な時期に怪我をしたのは勿論ではあったが、他にも理由があった。

そして学校が終わった今、岩泉は彼が怒るもうひとつの理由――苗字名前のもとへ来ていた。

「及川徹を知っているか?」

いらっしゃいませ、と店に入った岩泉にかけた声に反応するわけでもなく、レジの中にいる名前に近付き、言う。

「ん? ああ、二、三日前に店に来たね」

それがどうかした?

と。

いきなりの質問に戸惑うことなく名前は答えた。

「一応確認で訊くがあんた、『跳躍の女神』で間違いないんだよな?」

「そうだね、確かに昔そう呼ばれていたことはあったね。誰が言い始めたか知らないが、大層な異名を付けられたもんだ」

「……本当だったのか」

そもそもここに名前がいることを知ったのは勿論、及川に聞いていた。

それでも、彼女がここにいることを信じたくない自分もいた。

岩泉一もまた――彼女に憧れていた。

日向翔陽が『小さな巨人』に魅せられたタイミングを『時代』というならば、及川と岩泉にとって名前は『時代』であった(兄である明光から話を聞いていた月島にとってもそれは言えた)。

及川ほどではないが彼女に憧れていたし、彼女から学ぶものは多かった。実際に部活でも活用していたこと幾度もある。

それほどまでに見て覚えた。

見て覚えて――魅せられた。

「……その及川が、昨日怪我をした。幸い捻挫ですんだが」

「そうか、それは不幸中の幸いだったね」

「もともとふざけた奴だが、ここ最近集中力が散漫していたのが悪い」

「……私のせい、とでも言いたいのかい?」

「あいつはそうは言っていなかったが、それでも俺は少なからずあんたに会ったからだと思っている」

いや、少なからずと言ったがほぼそうだと思っている。

憧れの少女(果たして少女という年齢ではもうないが)ただなにをするでもなくここにいることにショックを受けるのは当然だろう。岩泉でもショックを受けているのだ。及川となれば相当な計り知れないダメージを負っているだろう。

「それがあたしのせいだとして、だからと言ってその怪我をあたしのせいにするのはお門違いじゃないのか? 人のせいにしてモチベーションを下げないなら別にいいさ、だがそれで怪我をして他にまで迷惑をかけるなんてプレイヤーのすることじゃない」

「! あんたがっ!」

と、言いかけてやめる。

ここで怒りに任せて怒鳴り散らかそうと思えばその方が楽だしなによりも簡単である。頭を冷やすという意味でもできたが、しかし岩泉はそこで耐えた。

ぐっと、我慢した。

確かに部活中に私情を挟んで怪我をした及川が悪いし、そんな彼をしっかり怒った(手も出たが)。

でも彼が私情を持ち込んで怪我をする人間だとは思っていない。

それほどまでの影響力が彼女にあるというだけの話だ。

彼女はおそらく気づいていないが、周りの人間が大きく影響を受けていた。

及川も。

岩泉も。

いい影響であれ悪い影響であれ受けていた。

「…………ふうっ」

冷静になろうと、岩泉は息を吐く。

「……明日、俺たちの学校で練習試合がある。及川の野郎は病院に行ってからだから最後の方になるだろうが、それでもあんたに見に来てほしい」

「何故?」

「憧れであるあんたになろうと――越えようとしている俺たちの試合を見て欲しいんだ」
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