〜短編〜


□花粉症
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ー1986ー






「ぶぁーーくしょんっっ!!」

男はでかいくしゃみを放った。

「あーーっ…最悪や…なんやねんコレ…目ん玉洗いたい…」

男は裸でベッドの上で胡座をかきながら、はぁ…と項垂れると、
後ろで一つに纏めた男の髪が、首筋に垂れた。

男の引き締まった上半身には色鮮やかな刺青が彫られ、
その肌は女のように白く、余分な贅肉など存在しないようだった。

男の様子を見て、目の前の裸の女はクスクスと可笑しそうに笑う。

「真島さん、それ花粉症っていうらしいですよ」

「あん?なんやねんそれ」

「スギが出す花粉が飛んできて、鼻がムズムズしたり、目が痒くなるみたい。少し前までは、花粉症なんて聞いたことなかったのに…テレビで最近取り上げられてますよ」

「ふーん……俺、テレビ観ぃひんから知らんかったわ」

真島は、煙草に火をつけながら言った。

真島の部屋は、最低限の物しか無かった。
娯楽という娯楽も、こうやって風俗で溜まったものを吐き出すぐらいだ。

目の前の女を指名するのも、これで四回目。
真島は、蒼天堀の女にしては垢抜けないこの女を気に入っていた。

「そういえば、私の家…周りスギばっかりだったけど、ムズムズとか無かったけどなぁ………」

女はどこか遠い目をしながら言った。

「へぇ…?そうなんや?」

「あ…私の家、すっごく田舎で…周りに何にもないんですよ、田んぼと山ばっかりだし…」

「なんや、アンタ田舎育ちかいな」

「ええ、まぁ、色々ありまして、家飛び出しちゃって…借金の返済でこんなバイトしてるんですけどね」

「…………」

真島は煙をくゆらせながら女の話に耳を傾けていた。

「……あ。ごめんなさい…どうでもいい話しちゃいましたね」

女は申し訳なさそうに頬をかいた。

「…なんで謝るん?アンタの話もっと聞かせてくれや」

女は嬉しそうに口元を綻ばせた。

「……フフッ、真島さんって優しい人ですね」

「あん?俺が?」

真島は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべた。

「……初めは怖いなって思ってたけど…、真島さんと肌を合わせていると、優しさが伝わってくるんです。なんだろ、言葉では言い表せないけど…」

「…そんなんで分かるわけないやろ。俺はそんなに優しくないで」

女はブンブンと首を横に振った。

「ううん、私には分かるんです!」

キッパリと言い放った女に、真島は一瞬目を丸くすると、ククッと楽しげに笑った。

「あんたみたいなフーゾク女初めてやわ」

そう言って、真島は女を再びベッドに押し倒した。安っぽいベッドがぎしりと軋む。

「優しい男やないってこと分からせたろか?俺が本気だしたら、アンタ壊れるで」

真島の右目がぎらりと光った気がして、女は息を呑んだ。

しかし、真島はハッと鼻を押さえると、慌てて身を起こす。


「あ、アカン…………出そう……」

「ま、真島さん?」



────ふぁっ……ぶわぁくしょんんっ!!


部屋中、いや建物中に響く豪快なくしゃみ。


「こりゃアカンわ…」


真島は鼻をすすりながら、切なそうな表情で呟く。

女は笑いを堪えながら、枕元に置いてあるティッシュペーパーを真島にそっと差し出すのだった。


〜おわり〜


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