〜短編〜
□花粉症
1ページ/1ページ
ー1986ー
「ぶぁーーくしょんっっ!!」
男はでかいくしゃみを放った。
「あーーっ…最悪や…なんやねんコレ…目ん玉洗いたい…」
男は裸でベッドの上で胡座をかきながら、はぁ…と項垂れると、
後ろで一つに纏めた男の髪が、首筋に垂れた。
男の引き締まった上半身には色鮮やかな刺青が彫られ、
その肌は女のように白く、余分な贅肉など存在しないようだった。
男の様子を見て、目の前の裸の女はクスクスと可笑しそうに笑う。
「真島さん、それ花粉症っていうらしいですよ」
「あん?なんやねんそれ」
「スギが出す花粉が飛んできて、鼻がムズムズしたり、目が痒くなるみたい。少し前までは、花粉症なんて聞いたことなかったのに…テレビで最近取り上げられてますよ」
「ふーん……俺、テレビ観ぃひんから知らんかったわ」
真島は、煙草に火をつけながら言った。
真島の部屋は、最低限の物しか無かった。
娯楽という娯楽も、こうやって風俗で溜まったものを吐き出すぐらいだ。
目の前の女を指名するのも、これで四回目。
真島は、蒼天堀の女にしては垢抜けないこの女を気に入っていた。
「そういえば、私の家…周りスギばっかりだったけど、ムズムズとか無かったけどなぁ………」
女はどこか遠い目をしながら言った。
「へぇ…?そうなんや?」
「あ…私の家、すっごく田舎で…周りに何にもないんですよ、田んぼと山ばっかりだし…」
「なんや、アンタ田舎育ちかいな」
「ええ、まぁ、色々ありまして、家飛び出しちゃって…借金の返済でこんなバイトしてるんですけどね」
「…………」
真島は煙をくゆらせながら女の話に耳を傾けていた。
「……あ。ごめんなさい…どうでもいい話しちゃいましたね」
女は申し訳なさそうに頬をかいた。
「…なんで謝るん?アンタの話もっと聞かせてくれや」
女は嬉しそうに口元を綻ばせた。
「……フフッ、真島さんって優しい人ですね」
「あん?俺が?」
真島は苦虫をかみ潰したような表情を浮かべた。
「……初めは怖いなって思ってたけど…、真島さんと肌を合わせていると、優しさが伝わってくるんです。なんだろ、言葉では言い表せないけど…」
「…そんなんで分かるわけないやろ。俺はそんなに優しくないで」
女はブンブンと首を横に振った。
「ううん、私には分かるんです!」
キッパリと言い放った女に、真島は一瞬目を丸くすると、ククッと楽しげに笑った。
「あんたみたいなフーゾク女初めてやわ」
そう言って、真島は女を再びベッドに押し倒した。安っぽいベッドがぎしりと軋む。
「優しい男やないってこと分からせたろか?俺が本気だしたら、アンタ壊れるで」
真島の右目がぎらりと光った気がして、女は息を呑んだ。
しかし、真島はハッと鼻を押さえると、慌てて身を起こす。
「あ、アカン…………出そう……」
「ま、真島さん?」
────ふぁっ……ぶわぁくしょんんっ!!
部屋中、いや建物中に響く豪快なくしゃみ。
「こりゃアカンわ…」
真島は鼻をすすりながら、切なそうな表情で呟く。
女は笑いを堪えながら、枕元に置いてあるティッシュペーパーを真島にそっと差し出すのだった。
〜おわり〜