〜短編〜
□愛に渇く
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しっとりと汗を掻き、情事の余韻が残る女。
男は気だるそうに身を起こし、裸のままバスルームへと向かう。
その背中には鮮やかな般若の面。
女はうつ伏せのまま、その背中を目で追った。
無駄な脂肪などない男の締まった肢体と相まって、
美しくも恐ろしい鬼女の顔は、なお一層男に狂気を纏わせているように見えた。
男がバスルームから出てくると、
濡れた髪から水滴が毛先を伝って床へと落ちる。
うざったそうにそれを掻き上げると、床に脱ぎ捨てられた衣服を身に付けた。
女はベッドシーツを胸まで手繰り寄せ、男を見つめる。
男は煙草を咥えるとジッポで火を点け、煙を燻らせた。
男の来訪はいつも突然で、
いつも夜だった。
フラっと気紛れに現れては、
ただ逢瀬を重ねるだけの関係。
それが毎夜の時もあれば、数ヵ月も空く時もあった。
『好き』とか、『愛してる』とか、ありふれた愛の言葉ですら、男の口から伝えられた事は一度もない。
身も心も淫毒に侵された私の思考回路は、いつからか止まったまま。
男は、煙草を吸い終わると、
おもむろに女の顎を掴み唇を重ねた。
舌を絡めると、煙草の苦味が咥内に広がる。
「─はぁ…っ」
激しい口付けに思わず女から吐息が漏れる。
唇を離すと、男は隻眼の瞳で女を見つめた。
名残惜しそうに艶っぽい瞳で見つめ返してくる女を余所に、
男は女にくるりと背を向け、玄関の扉を開けると、言葉を交わすことなく出て行った。
抗いたくても抗えない。
何時からだろう。
自ら毒へと侵されて、この関係でさえ、心地よいと思い始めてしまったのは。
他の女の所でもいい。
その夜だけ独占できるなら。
叩かれるかも分からない扉。
私は明日も待ち続ける。
─愛の言葉を欲しがってはいけないですか?─
〜終〜