〜短編〜
□無くてぞ人は恋しかりける
1ページ/1ページ
離れてみて初めて気付く。
ほんの遊びのつもりで付き合って、体の関係になるのにそう時間はかからなかった。愛だの恋だの、煩わしい。
飽きれば捨てればいいと思っていたのに、気づけばハマっていたのは俺の方だ。
「愛してる」の一言で、全て片付くのに、その言葉も行動も、何一つ出来やしない自分に腹が立つ。
別れを切り出したのは女の方だった。
寝耳に水とはこの事で、嶋野の親父が死んだ時以来の衝撃を受けた。
そんなの捨てりゃいいものを、
男のプライドが邪魔をして、引き留めてその唇を貪ることも、女のしなやかな体を抱き寄せる事も出来ないまま、
何時までも女の影を追っているのは俺の方だった。
待ち合わせる事などもうないのに、
何時もの場所で夜の神室町を見下ろしながら紫煙を吐き出す。
背後でカチャリとドアが開いた。
「─やっぱりここにいた」
その声は、離れた筈の愛しい女の声。
「─ワシはここが好きなんや」
「嘘。」
「嘘やあらへん」
顔を向けず、正面を見据えたまま煙草を吹かす。
女は横へ静かに並んだ。
ふわりの嗅ぎ慣れた女の香水が俺の鼻孔をくすぐる。
「ワシなぁ、この場所でお前と会えるの楽しみやってん」
「………」
「なんでお前はここに来たんや?」
俺は女の横顔を見詰めた。
「………私も貴方と同じだから」
女は俺の視線を返すことなく、神室町を見下ろしたまま小さく呟いた。
「……愛しとるって、今から言うたらもう遅いか─?」
女はその言葉に答えることなく、俺の片眼と女の瞳がぶつかった。
言葉はいらない。
俺は激しく女の体を抱き寄せると、
耳許で囁いた。
「もう、離さへんで──」
ー終ー