〜短編〜


□無くてぞ人は恋しかりける
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離れてみて初めて気付く。


ほんの遊びのつもりで付き合って、体の関係になるのにそう時間はかからなかった。愛だの恋だの、煩わしい。

飽きれば捨てればいいと思っていたのに、気づけばハマっていたのは俺の方だ。

「愛してる」の一言で、全て片付くのに、その言葉も行動も、何一つ出来やしない自分に腹が立つ。

別れを切り出したのは女の方だった。
寝耳に水とはこの事で、嶋野の親父が死んだ時以来の衝撃を受けた。

そんなの捨てりゃいいものを、
男のプライドが邪魔をして、引き留めてその唇を貪ることも、女のしなやかな体を抱き寄せる事も出来ないまま、
何時までも女の影を追っているのは俺の方だった。

待ち合わせる事などもうないのに、
何時もの場所で夜の神室町を見下ろしながら紫煙を吐き出す。


背後でカチャリとドアが開いた。





「─やっぱりここにいた」


その声は、離れた筈の愛しい女の声。


「─ワシはここが好きなんや」

「嘘。」

「嘘やあらへん」

顔を向けず、正面を見据えたまま煙草を吹かす。

女は横へ静かに並んだ。
ふわりの嗅ぎ慣れた女の香水が俺の鼻孔をくすぐる。

「ワシなぁ、この場所でお前と会えるの楽しみやってん」

「………」

「なんでお前はここに来たんや?」

俺は女の横顔を見詰めた。

「………私も貴方と同じだから」

女は俺の視線を返すことなく、神室町を見下ろしたまま小さく呟いた。

「……愛しとるって、今から言うたらもう遅いか─?」

女はその言葉に答えることなく、俺の片眼と女の瞳がぶつかった。

言葉はいらない。

俺は激しく女の体を抱き寄せると、
耳許で囁いた。





「もう、離さへんで──」


ー終ー


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