No.24

□No.24
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そろそろいつもの時間がやってくる

あの人はいつもこの時間、お昼の混雑のピークの少しあと13時を過ぎた頃にここへやってくる。

池袋の東口、電気量販店激戦区の少し奥、角を入ったところにあるコンビニエンスストア。

私がバイトを始めて2週間くらいたったころ、その人の存在にはじめて気づいた。

背が高くて髪を金色に染めているバーテン服の男の人
嫌でも目に付く存在だけど、私はその人の事を所謂「恐い人」なんだって思ってた
あんな格好して色つきのサングラスまでかけて、絶対にヤバイ仕事をしている人だって。

その人は毎日ではないけれど2日に1回は必ずやってきて
大体カップラーメンと牛乳をレジに持ってくる
そして表情を1つも変えることなく低い声で

「24番のタバコ3箱」

一言を残し店を出て行くあの人
名前も知らないあの人に私は恋をした―――




大学に入りたての私は学校の近くのコンビニでバイトをし始めた
慣れない仕事で最初の何日かは
テンパッてしまってお客さんの顔なんか覚えていられなかったけど

あの人は一番最初に気づいた常連さん。
外見のインパクトは常連さんの中で一番だったから。

近寄ってはいけない、自分とは関わることの無い人だと思っていた
でもある日私は目撃してしまった、あの人の少しだけ笑った顔を
それは私が店の前を掃除している時に発見してしまった
ドレッドヘアの人と話しながら見せたはにかんだ少年のような笑顔。
あの日からあの人を見る目が180度変わってしまった。

その微笑がとても優しそうで、胸の辺りがキュっと痛くなって
いとも簡単に私の心をサクっと盗んでいってしまったみたい。

これがギャップ萌えっていうものなの!?

名前も知らない、年齢も、何の仕事をしているのかも
それに「24番のタバコ」以外の声を聞いた事が無い。

それでもいつしか私の中に芽生えた恋心
接客をしながらソロソロと盗み見るあの人の姿がカッコイイって事にも今更に気づく私。
よく見るとスタイルもいいし、サングラスの奥に隠れる瞳が意外と大人しそうで
見れば見るほどカッコイイってことに気づいてしまった。




今日こそ声をかけようと思いながら1ヶ月

でも…やっぱり声なんてかけられない
あの人の周りに『話しかけるな』オーラが見えるような気がして
何より好きな人に変な奴だと思われたくない

けど、でも、話してみたいって思う
あの人のこともっと知りたいって思う
何故かきっとあの人は見かけと違っていい人だっていう確信があったから
好きになったらそう思うのは当たり前のことなのかな。
私にはよくわからないけど、あの人のことを思うと胸の奥がキュっとなってしまうのは
きっと恋なんだろうってことだけはわかってた。



そして今日もいつもの時間が近づいてくる。
昨日は来ていないから絶対に今日は来るはず

今日こそ、今日こそは声をかけるんだ、私!

でも…やっぱり自信ない…

じゃあこうしようかな

次に来たお客さんがあの人だったら声をかけてみる
もし違う人だったらもう声をかけるのは諦める

随分極端な2択だと自分でも思うけど
これくらいの意気込みがないと声なんて掛けられない

こんな極端な自分ルールでしか自分の背中を押せないし…


ドアの開く気配を感じドキドキしながら視線を入り口に向けると
そこには金髪のあの人が入ってくるのが見えた

「い、いらっしゃいませ」

ど、ど、ど、どうしよう!!!

本当に来ちゃった!やっぱり話しかけるのなんて無理だって!
私の自分ルール無かったことにしよう
うんそうしよう、だってあの人の顔見ちゃったらもう絶対無理だし!

心の中で弱気な葛藤をしながらも、私はしっかりあの人の行動を視界に入れて見とれてしまう。


ううっ、やっぱり……カッコイイな


いつもの通りカップラーメン売り場でラーメンを手に取ると
牛乳の500ミリパックを手に取りもうすでにレジに向かってくる

ずっと目で追っていたら目が合いそうになって慌ててサッとそらし、仕事をしている振りをする私

でも、あの人はもう目の前に来て、品物を私の目の前に置いてしまっていた

もっとゆっくり商品を選んでくれればいいのに!

「いらっしゃいませ」

落ち着かない心臓に気を取られながら、何とか店員としての最低限の接客はしなければという
思いだけでその言葉をやっとのことで搾り出す。

値段をチェックしていっても、たった2つの品物だからほんの数秒で終わってしまう
でも私はその数秒であらゆることを考えて脳をフル回転させていた。

自分ルールを実行しなきゃ!
私なんてコンビニでバイトしてる小娘くらいにしか思われてないし
きっと声なんかかけてもきっとそんなこと忘れちゃうって!
だから大丈夫、何でもいいから声をかけなきゃ――

気づくと私はこう言っていた

「あとは24番のタバコですね」

あの人はいきなり声をかけた私に驚いたのか、一瞬サングラスの奥の目を大きく開いたけど、すぐに普段の顔に戻って

「ああ、3箱頼むわ」

と返してくれた。
私はその声に安堵してタバコを3つ手にとり袋の中に入れ差し出した

「俺、ほとんど毎日来てるから覚えられてんだな」

その声を聞いて、私は一瞬固まってしまった。
慌てて次の言葉を探すけど、中々言葉がみつからない。
自分の貧困なワードの引き出しをひっくり返してやっと言葉を搾り出した。


「常連さんの方の顔は覚えてしまいますから…」

「あんたも最近ここに入ったんだよな」

「……え!?」

今なんて言いました?
私のこと……知っててくれたの?

「レジの人変わったなって思ってたから」

「気づいてくれてたんですか?」

「ああ、まあ」

自分の存在に気づいてくれていた事実に感動し、感極まってしまう私
震える手でつり銭を渡すと、軽く指先がふれあいさらに私の心をかき乱していく

呆然とする私にあの人は最後にこう付け加えた

「このタバコの銘柄ココらへんだと、この店しか売ってなくってさ、又これからも世話になるよ」

そう言うと軽く私に手をあげて店をゆっくりと出て行った。

その背中を見送りながら小さい声で「ありがとうございました」というのが精一杯だった。


いっぱい話してくれた
私のこと気づいていてくれた
又来てくれるって言って手を振ってくれた

色々な思いが頭を駆け巡り、顔に熱が集まってくる

緊張が急に解けて立っていられなくなりその場にへたり込む
そして赤くなっているはずの顔を手のひらでギュっと覆い
嬉しくて涙が滲んでくるのを押さえるのに必死だった。




「あの…」

私が涙と格闘しているといきなりレジの向こうから声がかけられた。
慌てて立ち上がると、目の前には出て行ったはずのあの人が立っている。

目を丸くしている私に向かってレシートと小銭を差し出し

「おつり間違えてるけど」

と言いながら台の上に小銭を置くとレシートを指差した。

「!?す、すいません」

慌ててレシートを確認すると、100円多く渡してしまっていた。

「つり銭多いのは嬉しいけど、あとで金合わないとあんたが困ると思ってさ」

「えっ……あ、あのありがとうございます、わざわざ返しに来ていただいてしまって、すいません」

「いや別にいいけど」

「すいません」

「そんな謝る必要はねえって」

そう言ってあの人は僅かに微笑を見せた
私の心を盗んでいったあの微笑。

その笑顔があまりにも素敵で私もつられるように微笑んだ。

「ありがとうございます……あの…良かったら……」

「何?」


勇気を振り絞って私は目の前にいる想い人に名前を聞いた。

そうしたらあの人は困ったような顔を一瞬したけれど
照れくさそうに名前を教えてくれ

そして……私の名前も聞いてくれた。

私は嬉しくて嬉しくてもう涙が止めることができなくて、その状況を飲み込めないでいる静雄さんを少し困らせた。





私は好きな人の名前を知らなかった

でも私は好きな人の名前を知っている

ひとつひとつ少しずつ静雄さんの事を知って、もっと静雄さんを好きになりたかった。




そして、静雄さんが私の気持ちを知るのはそう遠くない未来の話――



2010.5.10

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