everlasting
□第5章 ホシイロエスケイプ
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最後に静雄に会ってから1週間が過ぎていた。
今は池袋以外の仕事を少しずつ任されるようになっていて、外出する機会も増えてきている。
外に出れば気が晴れることも多く、時間がある日は本屋で料理のレシピ本を買ったり、再び料理に対する楽しみもわいてきていた。
完全に吹っ切れてはいなかったが、いつまでも考え続けてもしょうがないと
少しずつ心を入れ替えるように自分なりに努力はしていた。
だがそれでも完全に思い出さないでいるのは困難なことで
ふいにポッカリと空いた時間がみゆの心を悩ませていた。
そんな時間を埋めるようにみゆはケーキ作りを熱心にするようになった。
2人しかいないのにホールケーキを作ってしまい、臨也に「俺を太らせる気?」と嫌味を言われたりしていたが、作っている間は無心になれてケーキ作りは格好の気晴らしになっている。
その日もみゆは紅茶のシフォンケーキをホールで作って、午後のお茶に2人で食べているところだった。
臨也の好きなアールグレイの茶葉で作ったシフォンは中々良く膨らみ、しっとりとした口どけは臨也に誉めてもらえたほどだ。
だがその穏やかな時間を途切らせる音が突然鳴り響く。
広い部屋にみゆにとって懐かしい携帯の着信音が鳴ったのだ。
数ヶ月前まで毎日聞いていたその音。
携帯が鳴っている方を凝視し体を強ばらせた。
臨也から与えられたものではなく、みゆが騒動に巻き込まれるまで使っていた携帯が鳴っていたのだ。
臨也が「やっとか」と立ち上がると手にした携帯をみゆに差し出した。
「お父さんからだよ」
みゆは携帯を受け取ると着信が「おとうさん」と知らせている
「念のため向こうが及川さんだとわかるまではみゆは声を出さないで」
頷くと震える手で通話ボタンを押し耳に携帯を押し当てた。
『もしもし、みゆか?』
その声は間違いなく自分の父親の懐かしい声だった
「お父さん!私、みゆだよ」
『みゆ、無事だったのか良かった…本当に……良かった』
電話口の向こうで父親が声を詰まらせる
みゆは堰を切ったように言葉をあふれ出させた。
「お父さんも無事なの?大丈夫?本当に心配したんだから!連絡取れないし、もう会えないかと思ったんだからね?」
『お父さんも大丈夫だ、心配かけさせたな、本当にすまなかった』
「今どこにいるの?顔が見たいよ……会えないの?」
『会うのはもう少し先になりそうだ、ただお父さんの無事を知らせたくてね、みゆこそ今どこにいるんだ?家には帰れてないだろう?友達のうちか』
「折原さんっていう人にずっと匿ってもらっていて、その人からお父さんの事聞いたの、お金を持って消えたってこと……お父さん悪いことしてないよね?」
『ああ、してないよ、お父さんを信じなさい』
「良かった……私信じてるからね」
「みゆ、その折原さんっていう人は誰なんだ?」
「私をずっと匿ってくれてて、情報屋をやっている人で……」
『情報屋?……そうかみゆ、今その折原さんと代われるか?』
「うん、ちょっと待ってて」
臨也の方を向くと「父です」と携帯を渡した。
「はじめまして折原臨也と申します、お電話お待ちしてましたよ」
流れるように言葉を紡いでいく
人の心を掴む臨也の得意な話し口調だ。
パソコンのデスクに座るとキーボードを打ち込みながら電話の内容に集中しはじめた。
みゆはその様子をソファから落ち着かない気分でずっと見ていたが
10分ほど話したあと、再び携帯がまわってきた。
「お父さん?」
『みゆ、お父さんはまだしばらく会うことはできない、でも折原さんの言うことを良く聞いてそこで待っててくれないか、必ず全てを終わらせて迎えに行くから』
「うん、わかった、でもお父さん気をつけてね、お願いだから……危ないことしないで!」
涙声で必死に父親に訴えかける。
『わかってる、みゆも充分気をつけるんだぞ、必ず元気な姿を見せてくれ…』
「わかった、お父さんも気をつけてね」
携帯を切るとみゆは気が抜けたのか崩れ落ちるようにソファに座り込む。
携帯を握り締め、父の無事を知り涙が止まらなかった。
「やっぱりみゆの所へ連絡してきたね、お父さん」
珍しく興奮した様子で臨也は嬉しそうに目を輝かせている。
「あの、父は臨也さんと何を話したんですか?」
「ああ、今後のことをちょっとね、俺は根回しは得意だからさ、それを引き受けたところだよ」
「……臨也さん、父のことよろしくお願いします」
ソファから立ち上がり深々と頭を下げた。
「及川さんにも娘をお願いしますって言われたよ、似たもの親子だね、みゆたちは」
「家族同士が心配するのは当たり前じゃないですか」
「俺はそういう感覚あんまわかんないんだよね」
臨也はソファに戻ってくると残りの一片のケーキをパクっと口に入れた。
その時又他の携帯の着信が鳴り、臨也は自分のデスクに並んだ携帯を手に取り電話に出た。
みゆは食べ終わった皿をキッチンへ運び洗い物を始めると電話を終えた臨也がキッチンへやってきた。
壁に手をくと手を動かしているみゆの顔を覗き込んだ。
「みゆ、あっちもついに本気になったみたいだよ」
泡のついたスポンジを動かしながら臨也の言葉に応じた。
「何がですか?」
「向こうさん、ついにシズちゃんまで辿りついたようだ」
手の動きをピタリと止めると、持っていた皿が手から滑り落ちた。