everlasting

□プロローグ 夏の日の記憶
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ジリジリとした日差しが小麦色に焼けた首筋に突き刺さり、額から流れ落ちた汗が焼け付いたアスファルトに落ちていく。

アスファルトに落ちたその小さい染みはあっという間に蒸気となって消えていった。

友達と待ち合わせをした時間から、ゆうに一時間以上は経っているはずだが
静雄は太陽の照りつけるその場所で友達を待ち続けていた。

夏休みに入ったすぐの月曜日。
緑の少ない都心の唯一虫取りができる公園で小学校の友達と待ち合わせをした―――はずだった。


蝉の鳴き声が頭上でうるさいほどに鳴り響き、容赦なく注がれる太陽にさらされながらその場所に立ち続けた。

だが、待ち続けたところでそこに友人が現れることはなかった。

汗で着ていたTシャツがグッショリになり喉がカラカラに乾いたころ、静雄はやっと諦めて歩き出す。

持っていた虫取り網を引きずり重い足取りで家につくと弟が2階から降りてきて顔を出した

「蝉とって来た?」

「取れなかった」

「さっき、シュウ君に会ったらたくさん捕まえてたよ」

「…俺は取れなかったんだ」

「シュウ君達と一緒に行ったのに取れなかったの?」

「うるさいな、取れなかったんだよ!」

虫かごと網を玄関に置くと、2階の子供部屋にかけこんだ。

床に置いてある弟の読みかけの漫画を足でさっと避けると、壁に激しくぶつかり床に落ちていく。

最初に学校で机を投げて以来、どんどんと友人が離れて行き、自分が孤立していくのを少しずつ自覚していた。

すぐに又友達と今までのように仲良くできる、そう思い続けていたが徐々に深まるまわりとの亀裂、それは幼い少年の心をたやすく傷つけていく。

二段ベッドの上段に上って転がると
忌々しい力を持つ自分の手を見つめた。

唇を噛み締め、拳をギュっと握ると目に当てた。
泣いたら自分が負けるような気がして、必死に涙をこらえる。

「お兄ちゃん、これ」

ベッドの下から弟の声が聞こえ、サッと背を向けてタオルケットをかぶった。

「お母さんが、ちゃんと水分取らないとダメだって、置いておくから飲んでね」

カランと氷の鳴る音がして弟が飲み物を机に置いたのがわかった。

弟が階下に下りて行ったのを確認すると、静雄は起き上がりベッドのはしごを降りる。

机の上にあったのは、氷がたっぷりはいった麦茶だった。


母親と弟の優しさに弱気な気持ちがわいて来るが唇をキュッと引き締めた。

コップを手に取ると一気に飲み干し、乾いた喉に気持ちよく流し込む。

飲み終えた冷たいコップを机に置くと、ツーっと水滴がコップをつたい落ちていく。

自分が流さない涙の変わりに、雫がいくつもいくつもコップを伝って落ちていくのを寂しそうに眺め続けた。

* * * *

いつの日からだろうか、約束をしなくなったのは

守られることのない約束は、もうしたくない

そうはじめに思ったのは小学生のころだったか。

それは、夏の日の出来事
約束の場所に友達は来る事はなかった。
それはとても些細なはじまりだったのかもしれない。

だが、俺にとってはそれがいくつも積み重ねられる悲しみのはじまりだった。

仲が良かったはずの友達との約束も、俺が暴れるたびに簡単に破られていく。

休み時間、放課後、夏休み、いつの間にか俺のまわりには人がいなくなっていった。

『静雄と遊ぶと怪我をさせられる』

『静雄くんと遊んじゃいけないって、お母さんが言ってた』

いつの間にか約束は破られ続け、ついに俺は約束をしなくなった。

希望を持ってした約束を破られるほど辛いことはない。

できない約束ならしないほうがましだ。

そして、俺もいつしか誰とも約束を求めなくなった。

守れない約束など、約束ではない。

人の心を傷つけるためのただの言葉の羅列だ。

いつも1人でそれでいい
無理に理解してもらう必要もない。

俺は1人でいいんだ。

俺の殻はいつからかどんどん固くなり、自分でも内側から打ち破れないほどの分厚い殻になってしまった。

それでもいい、辛い思いをするくらいならば、殻に閉じこもっていたほうがましだ。

人に希望を持ってはいけない、もがくことも、あがくこともやめた。
そして俺に誰も近づけなくなった。

ズタズタに傷ついた心は、俺に人と深く関わることを遠ざけ続け
だから俺はずっと1人だった、一人じゃないと、又誰かを傷つけて―――そして約束が破られる。


あの夏の日の記憶から10年以上の時が経った。

こんな俺が誰かと大事な約束をすることなど、この先一生ないと思っていたはずだった。

すべてを諦めていた俺が

誰かに心を開き

そして大切な約束をする日が巡ってくる――――
 

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