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□8. ash gray 「届かない声」
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2月14日聖バレンタインデー
チョコを受け取る側の男子は浮き足立ち、渡す立場の女子は心臓を高鳴らせる一日だ。

ゆいもクラスの仲の良い男女用にチョコを用意していた。
どれもが性別関係なく友チョコという意味合いのもので深い意味は持っていなかった。

静雄にも同じようにチョコをあげるつもりだったが
特別な意味を込めるために静雄にだけメッセージカードを入れてある。

もちろん愛の告白などは書けなかったが、日ごろの感謝と気持ちを精一杯メッセージに込めた。
昼休みにみんなに配るつもりのチョコはまだカバンの中に大事にしまってある。


3時限目の休み時間
静雄はイスの背もたれによりかかり携帯をチェックしている。
イライラとした様子でパチンと携帯を閉じるとため息をついていた。

「どうした?」

「別に何でもねえよ」

「それならいいんだけど…」

やはりいつもより機嫌が悪い静雄の声。
ゆいは特にそれ以上突っ込んでイライラを増長させないようにと、黙ってその場はやり過ごすことにした。
こういう時はそっとしておくのが一番だとゆいも良くわかっていたからだ。

4時限目の終了を告げるチャイムが鳴る、昼休みの時間がはじまりゆいは静雄に声をかけた

「お昼どうする?」

「あー、俺眠いから飯食ったらちょっと昼寝してくるわ」

静雄は時々昼寝をするために、グラウンドの奥にある体育倉庫に向かうことがあった。
大きなクスノキの木に寄りかかり誰にも邪魔されずに昼寝を満喫するのだ。
いつもゆいに制服が汚れると言われているが本人は全く気にすることもなかった。
今日も一人で木の下に向かうという静雄、ゆいは2人きりになるチャンスを掴んだと心の中でその幸運に感謝した。

クラスにいる友達にチョコを配り終えると、ゆいは急いで食事を済ませグラウンドへと向かった。
晴れやかなイベントの日だというのに淀んだ空、低い空には雲がたれこめていて日差しが無く肌寒さに身がすくんだ。

ーーーーこんな寒い日に外で昼寝なんてよくできるな…

コートを着てくれば良かったと思いながら靴に履き替えるとグラウンドへ急ぐ。
手にはチョコの入った小さな紙袋。
手作りとも一瞬考えたが、料理があまり得意ではないゆいは潔くその思い付きを却下した。
静雄には特別の意味を込めて他のみんなのチョコレートとは違うものを選んでいた。

ーーーー喜んでくれるといいな

静雄の顔を思い浮かべ心臓が高鳴る。


******

「チッ」

携帯のメールを確認するたびにイライラと舌打ちをしてしまう。
再三送られてくる、女からのメール。
昨日からしつこく誘いのメールが来ていたのだが、日付が変わり学校へ来てからもそれはやむ事はなかった。
気にしないで無視をしておけば良かったが、「来てくれないのならば教室まで行く」と言い出しはじめた。
そんなことをされればゆいの耳にも入ってしまうかもしれない、最悪の場合鉢合わせだってありあえるだろう。
それだけは絶対に避けたかった静雄は仕方なく昼休みに会う約束をした。

イライラする自分の様子を心配してくれたゆい。
静雄はそのゆいの為に女と会って話すことにしたのだった――

「ねえ、何で呼び出したかわかる?今日はバレンタインだよ?」

「…連絡するなって言っただろ」

「はい、チョコあげる」

無理やり静雄の手ににぎらせる。

「静雄と昔みたいに会いたいなって思って、最近メールしても返事くれないし…また私と付き合わない?」

昨日からずっと静雄の携帯にメールを送り続けていたのが目の前にいる3年生の女子
一時期付き合っていたことのある一個上の先輩だった。
付き合うといっても心の伴わない静雄のいつもの適当な付き合いだった。
以前もしつこく付きまとわれてうんざりしたこともあり、今回はきっちり話をつけるつもりだった。

「そういうのは無理だ」

「何で?適当に遊んでくれていいから、私はそれで満足だし」

「…無理だ」

「ね、又遊ぼ…静雄…」

ブレザーの襟を掴んで体を押し付けると、グロスで光る唇を寄せていく
静雄は女の肩を掴んで近づく体をやんわりと押し返す

「だから、無理だから」

「無理無理って、女に恥かかすつもりなの?」

目つきがきつくなりにらむように静雄に迫る。

「悪ぃ、何言われても無理なものは無理だ、お前とはもう付き合えねえよ」

きつくなった目が少し細められると意地悪に微笑んだ

「もしかして…同じクラスのあの子のせい?」

「……あんたには関係ねえだろ」

「静雄3年の女子に最近人気あるの知ってる?
色々私も噂聞くんだけど、同じクラスの子とやけに仲がいいって静雄ファンが心配そうに話してたりするんだよねぇ」

女は再び静雄の肩に手をかけ、自分の体を静雄に寄せていった。


******

グラウンドを抜けるといつも静雄が昼寝している大きな木の先端が目に入ってくる
グラウンドの端にシンボルツリーとし植えられているクスノキだ。
常緑樹のために一年中葉を湛えている。
夏は涼しげな木陰を作り運動部の休息場として重宝されている場所だった。
体育館倉庫の角を曲がればもうそこは木の目の前。

起こさないようにと足を忍ばせて角を曲がると、誰かの話し声が耳に入ってきた。

ーーーー静雄?と……誰?

静雄の後姿が目に入り足を止める、やはり誰かといるようだ。

「しず…お?」

背後の声に気づいた静雄が振り返ると、ゆいの姿を見て大きく目を見開いた。

「え………」

振り向いた静雄の体に見知らぬ女子がしなだれかかっているのが見え
女はゆいのことを見るとさらに静雄と体を寄せた。
静雄はそれに気づき慌てて密着している女の体を離した。

「あ、えっと……ごめんなさい…あの邪魔しちゃって……失礼しました」

ゆいは振り返るとそのまま一気に走り出し、角を曲がりあっという間に静雄の視界から消えてしまった。
唖然とする静雄だったがやっとのことで声を絞り出す。

「ゆい!!」

ゆいを追いかける為、静雄は制服を掴んでいた女の手を勢い良く振りほどくと、女が反動で後ろへ倒れる。

「痛っ…」

ゆいに気を取られ思わず力の加減ができなくなってしまっていた
力任せに突き飛ばされた女は痛みに顔を歪ませ、腕を押さえている。

「ごめん、大丈夫か」

慌てて手をひっぱり立ち上がらせると素直に謝り、言葉を続けた

「俺は好きな女がいるからお前とは付き合えねえよ、悪いな」

言い終えると相手の言葉も待たずに、ゆいの走っていったほうへ駆け出した。

「あんな子、静雄には似合わないからね!!」

女の声は背中で聞こえていたが静雄は振り返ることはせず走り続けた。

ーーーーゆい!!どこ行った!?

混乱する頭で考えている余裕は無い、とりあえずグラウンド周辺を手当たり次第に走り探し続けた
木の陰や手洗い場の裏など隈なく探したが姿が見当たらない。

ゆいに見せてしまった自分と女の姿、その変えられようもない事実を忌々しく感じ自己嫌悪を吐き出した。

「くそ…俺は何やってんだよ!」
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