テニスコート

□12.薫の沈黙
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俺はラケットを振りぬいた。

軽快な音を立てた打球が、テニスコートに落ちる。

「よーし、ほんじゃ、今日はおしまい!」

向かいに立つ菊丸先輩が言う。

「ありがとうございました」

そう返して軽く礼をすると、部室へ向かう。

コートを出ると、視線が向けられる。
他の学校からの偵察隊だ。
誰も話しかけはしないが、ひそひそと噂話が耳に入る。

「おい、スネイクの海堂だぜ。あだ名は確かマム…」

耳障りな言葉を聞き取り、そいつが言い終わる前に目で牽制すると、口をつぐむ。

まったく、どいつも好き勝手言いやがって。

視線を感じながら部室に入ると、後ろから続けて人が来る気配があった。

「すごい人気じゃん」

呑気に笑う声を聴いて、また睨み付けそうになるのを抑える。

「菊丸先輩こそ、大した人気じゃないすか」

「それはもとから!はぁ、喉かわいた〜」

「はあ…」

冗談なのか本気なのかわからない笑顔を見せたまま、清々しくボトルを傾けると、続ける。

「それより、ひろしとは仲良くやってんの?」

突然後輩の名前を出されて困惑する。

「鈴木すか…ああ、まあ」

はっきりと表現できない俺に、先輩は口をとがらせる。

「テニスするときだけ一緒じゃ、わかることもわかんないかんな」

部活以外で話さないのかと問われれば、またはっきり言えない。

「休日の練習には付き合うようにしてるんですが…」

「おお!で、どんな話すんの?」

「プ、プレイスタイルとか…」

「うん」

「トレーニングの仕方とか…」

「うんうん」

「後は…テニスの話っす」

我ながら浅い付き合い方だった。先輩も大げさなほどのため息をつく。

「それほんとかよぉ」

部活や練習以外で話せと言われても、ピンとこない。

考え込む俺の背中を、しょーがないと先輩が軽くたたいた。

「まずは、一緒に帰ってみたら?」

その手があったと素直に感謝すると、とりあえず荷物をしまう。

部室を出ると、まだ1年が片づけをしていた。
鈴木もいる。
近づこうと歩き出したとき、越前が鈴木に話しかけた。

そう言えば、あの2人はちょくちょく一緒に帰っているようだった。

それがそういう意味なのかは分からないが。

今日の所は先に帰るとしよう。
ちょうど明日は土曜日、次の鈴木との練習は、テニス以外の話でもしてみるか…。

そうぼんやり考えながら、家に着き、ランニングに出たとき、俺はふと思い出した。



(あれ、明日って…体育祭じゃねえか?)





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