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□己に素直に
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「すまない、もう少しだけこのままでいさせてくれ」
後ろから包み込まれるように抱きしめられた私は、ただただ言葉も交わさぬまま義勇さんの温もりを感じていた。
…
暫くして私の身体から離れると、義勇さんは寂しそうな顔をしながら私の頬に触れる
「……明日…いくのか?」
「…はい」
「……そうか」
悲しみの滲み溢れたその声に、
私は涙が溢れそうになっていた。
でも……泣いたって、未来が変わるわけではない。
親が決めた縁談。
明日、私は見知らぬ男性の元へ嫁ぐ事が決められているのだ。
遠く離れた地で、好きでもない男性の妻とならなければいけない私。
どんなに義勇さんを愛していても
どれほど心が通じてあっていたとしても
私は親の決めた縁談を蹴る事はできない。
でも……私は…、
「義勇さんと離れたくない…」
愛着のある半柄羽織にしがみ付き、声にならない声で泣き叫んだ。
泣かないと決めていた筈なのに…
止まらない涙
義勇さんは私から溢れる涙を、止めるように人差し指で触れた…
「ナナシ、泣くな…」
泣くなと言われても…そんな見知らぬ土地で、見知らぬ人と毎日を共に過ごし、ご飯を作り、一緒に夜を明かし…年老いていく日々に何の意味があるの?
私は義勇さんと…共に生きたかった、、
それが叶わなくても、ずっと義勇さんの側で生きていたかっただけなのに……。
「…俺も…叶うならば行かないでほしい…」
義勇さんの言葉は、嬉しい筈なのに、泣きたくなるほど寂しくてたまらなかった。
でも、私には…
未来を変える術が、権限が無いのだ。
「私も行きたくありません…ですが……。親を逆らう事もできません…。」
「…わかっている」
「…でも!!たとえ他の男性の妻となろうが、私の心は一生義勇さんにあります!!」
涙を流しながら想いを伝えると、義勇さんは私の気持ちに応えるように口付けをしてくれた。
…もう二度と感じることの出来ない、義勇さんの温もり。
とても温かかった…
「俺もこの命が尽きるその日まで、ナナシを想い続ける」
「義勇さん…。愛しています」
「俺もだ…ナナシ」
…
そして、ついに別れの時がやってきてしまった。
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私は慣れ親しんだ、この街を出なければならなく、ひとつひとつの景色に別れを告げていた。
義勇さんとの思い出が沢山詰まったこの街
一緒にご飯を食べたり、一緒に桜を観たり
一緒に星空の下を歩いたり
沢山の思い出があった。
ひとつひとつの思い出の景色に別れを告げていた私の元へ、夫となる男性が迎えに来てしまったのだ。
「ナナシさん…。お迎えにきました」
義勇さんを想う気持ちのせいか、その男性の何もかもが『義勇さんとは違う』と否定する気持ちになってしまう
でも
これから…どんなに嫌でも、
どんなに辛くても、たとえ気持ちが在ろうが無かろうが
この男性と生涯を共に生きなければならないのだ。
私は諦めて、その『夫』となる男性が差し出している手を掴もうと手を伸ばす
しかし
何かにその手を遮られてしまった
…
私が前を向くと、そこには見慣れた半柄の羽織
そして、愛おしい匂いが私を包んでいったのだ。
「何者だ!!!ナナシさんを離したまえ!!」
「悪いが…この縁談は無かった事にしてくれないか…」
「はぁ!???何故…。」
いきなり現れた義勇さんの言葉に、私も、婚約相手の男性も目を見開き固まってしまったのだ
「…俺はナナシと生涯を共に過ごしたい」
「お前…ナナシさんに恋する者なのか?残念だが…お主が何と言おうとこの縁談を解消する術はない」
「そうか…、だが俺も誰が何と言おうとナナシを誰にも渡す気はない!!!」
こんなにも怒った義勇さんは初めて…。
私はどうしていいか分からずいると、義勇さんが小声で『俺が全ての責任を背負う』と私に伝えてきた。
義勇さんといればいつだって安心できる。
私の中の抑えていた筈の『義勇さんと共に生きたい』という気持ちが溢れ出していった。
「私も、…義勇さんと、生きたいです」
「…ナナシ。」
優しく微笑むと、何かの技の様なものを出し、
私を男性の目の前から遠くへと連れ出してくれたのだ。
…
『花嫁が誘拐された』と大事になってしまっていて、義勇さんはお尋ね者となった事で、私達はあの思い出の詰まった街には、もう戻れないし、戻らない。
それでも私は義勇さんが隣にいてくれるだけで、幸せなのです。
愛する者のために、一日一日を生きて
愛する者の帰りを待ち
愛する者のためにご飯を作り
そして愛する者の隣で眠りにつく
これが私の求めていた『幸せ』だ。
「ナナシ、俺で良かったのか…」
「私は義勇さんしか見えません。大好きです!!」
「…そうか」
義勇さんに抱きしめられながら眠りにつく私。
この当たり前の毎日に、私はこれ以上何も望まない…
。