I fly in the Dreams.

□Prologue
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毎晩夜は訪れる。全ての人間に、大人にも、子供にも、老人にも、赤ん坊にも。
 そして、夜の間人間は眠り、その間に夢を見るのだ……それは幸福な夢。楽園。《ナイトピア》と呼ばれる場所。
 楽園が存在すれば、逆もまた存在する、それは夢とて同じなのだ。
 悪夢―――《ナイトメア》。酷く恐ろしい夢。…そしてナイトメアンと呼ばれる怪物がいる。それらの創造主は、ナイトピアを消滅させようと目論んでいたのだ。
 ナイトピアを救うべく、ある者が立ち上がった。



 などということは知る筈もなく、ゼノビアはベッドに寝転ぶ。スクールが終了してアパートメントの自室へ帰り、シャワーも浴びずにベッドへ直行。いつものことだ。片道1時間半もかかるのだ、疲れるに決まっている。
 ゼノビアは一人暮らしをしている。話相手はいない、強いて言うならば黒猫の抱き枕。ちなみに名前はマサムネ。日本の武将の名前だ。大きな瞳と首の赤いリボンが特徴で、マサムネは今年の誕生日に彼女の母親から贈られたものである。
 ゼノビアは枕に突っ伏したまま、近くに存在するであろうマサムネを手探りで探し、引き寄せた。
強風でぐしゃぐしゃになった髪をぐりぐりとマサムネに押し付け、猫のように甘える。
 よし、とベッドから立ち上がり、シャワーを浴びようとバスルームへ向かった。
 時計は午前12時半を指していた。



浮遊感。
 最初に浮かんだのは、その単語だ。鼓膜が震え、轟々という風が、脳に直接響く。足は地についていないらしく、ふわんふわんと、空中で面白いくらいに揺れていると思われる。
 目を開けると、其処はやはり空中だった。脳が理解することを放棄したのを確かに自覚し、何故自分がこんな状況になったのかもわからない、と結論づけてただ落下していく。色とりどりのビー玉のような浮遊物体が纏わりつく。
―――嗚呼、自分は死ぬのだろうか。
 ふとそう考えた。ずっと望んできたことだ。しかし、いざそういった状況になると、人間、死にたくないと思うものだ。彼女も例外ではない。僅かに死にたくないと思った。だが、それもほんの一瞬、直ぐ様死ぬことを受け入れた。


 スタ、と華麗に着地。彼女の意思ではなく、まるで、風がそうやって着地させたかのようだった。

「ほほう…お主、此処に来るのは初めてじゃな?」

 老人の声がし、キョロキョロと辺りを見回すが、人は居ない。はて、と首を傾げていると、
「ワシじゃ、ワシじゃよ、ビジター」
慌てて振り返ると、そこには梟が居た。
「ぅわッ!?」
 驚き、尻餅をつく。
「そう怖がるでない、ビジター。ワシは敵ではないぞ。取って食ったりはせんから安心しなさい…」
 梟から発せられている優しい声を聞き、少しだけ警戒心を解いて立ち上がる。
―――これは、これは夢だ。いつの間にか寝てしまっていたんだ。…それにしても、違うじゃないか、いつも見ている悪夢と。
 困惑し、押黙る。
 すると梟が丁寧に、この世界のことを説明し始めた。



梟曰く、此処はビジター…つまり、彼女が作り出した楽園へ繋がる扉、《夢の扉》が集まる広場らしい。そしてその楽園は《ナイトピア》と呼ばれ、ビジターの記憶や願望が元になっているのだという。
「…いつも、悪夢ばかり見ていたから、此処は初めてなんです」
「ほう…お主が見ていた悪夢は《ナイトメア》と呼ばれておる。其処には《ナイトメアン》という怪物がおってな…怖かったじゃろう?」
 微かに頷く。
「……そしてお主はイデアを奪われてしまったようじゃ」
「い、イデ、ア?」
 聞き慣れない単語を辛うじて復唱する。元々他人と会話をすることが苦手な彼女は、梟にさえ質問をすることが出来ないでいた。
「イデアというのはな、『純粋』『知性』『希望』『勇気』『成長』の五つの意識のことじゃ。これらの力で、ビジターはナイトピアを創造しておる」
 まるでお伽噺の様だ、と彼女は呟いた。でも、どのお伽噺とも違う。彼女はすっかり、この世界の雰囲気に呑まれていた。何て魅力的なのだろう。


「何だ何だ、新顔か?」
 少年のような声が響き、驚いて肩を震わせる。
「ジーサンの長〜〜〜〜い説明なんて飽きただろ?」
「コラっナイツ!今は大事な話をしとるんじゃ、少し静かにしていなさい!」
 声の主は何処にいるのかがわからない。確かに近くから聞こえてはいるのだ。
「はは、上だよ、上!」
 そう言われ、慌てて上を向くと、其処には何かが浮いていた。人間ではない。人型なのに、胴が小さく、足がスラッと伸びている。奇形なのにスタイルが良い、と思ってしまったのは自分の体型コンプレックスから、だろうか。全体的に紫色を基調としており、大きな目が特徴的だ。
「ヒッ」
 情けない悲鳴が漏れる。此れは恐ろしいものだ、と本能がサイレンを鳴らした。
 踵を返し、逃げ出す。咎める声が聞こえても、構わず逃げた。何処へ向かうかもわからずに。



 何故だかわからない、ただ逃げた。怖かった。他人と関わることへの恐怖が全身を支配する。…いや、人ではないが。
 進んで進んで、進んだ先には道があると思っていたのだ。
 無かった。
 彼女は足を踏み外し、身体が宙に投げ出される。
 どうやら下は湖だったらしい、夜の所為で漆黒に染まった水が眼前へと迫る。
 あの高さから落ちたのだ、この勢いでぶつかってしまえば、全身打撲では済まないだろう。もしかしたら、ほぼ全ての骨が折れてしまうかもしれない。いくら夢でも、痛いものは痛い。
―――助けてくれ!
 そう強く願った。しかし現実はいつも非情で残酷だ。夢なのに、自分は助からないのか?
 彼女はとうとう諦めて、そっと目を閉じた。全身を叩く風が痛い。
 ああ、もうぶつかる、と考えた時、何かに持ち上げられた。

「ったく、無茶しやがって!」

 彼女はさきほどの人型の少年(?)に助けられていた。両腕で、首と、膝を支えられている。………所謂、お姫様抱っこ、というやつだ。
「ナイツ、ビジターは無事か!?」
「ああ、ちゃあんとオレが助けてやったさ。少し怯えているが…」
 一応彼は口調からして異性、つまり男性のようだ。頬を僅かに朱に染め、照れる。
 礼を言おうと口をパクパクと動かすが、声が出ない。植え付けられた恐怖は、他人と会話することを拒んだ。
 抱かれたまま広場上空まで移動し、古びたベンチにそっと降ろされる。
「あー、その、…悪かった、驚かせちまって…」
「………い、い、い、いえ、…」
 絞り出した声は情けなかった。鼻の奥がツンとし、じんわりと涙が浮かぶ。
 楽園でも情けなくて惨めな自分を呪った。



「落ち着いたか、ビジターよ」
 梟―――オウルが優しく問いかける。
「………す、すみま、せ、ん…」
 俯いたまま呟くように謝罪する。
「なあに、謝らんでもいい…お主が此処に来たのは初めてじゃ、恐怖を感じてもおかしくはない」
 そう言って、ほほー、とオウルは笑った。
「驚いたじゃろう?いきなり宙に浮く者が現れて…」
「だーかーら、謝ったぜ、オレ!しつこいんだよ、オウルの爺」
 彼は両手で其々の頬を摘み、いーっと歯を見せた。
「あ、そうそう!お前、名前は?」
「…な、なまえ?」
 地面擦れ擦れで浮遊して、彼が目線を合わせ、問うてくる。彼女は一瞬躊躇し、そして、
「ヒカル。ヒカルって、い、言います」
と、顔を上げハッキリとした声で伝えることが出来た。その名は本名ではない。いや、本名ではあるのだ。其れは、夢の中での名前。言わば、夢の中での本名であり、ゼノビアという現実での名は偽りで或る、という意思。
「へえ、いい名前だな。俺はナイツ、宜しく!」
 にかっとナイツが笑いかけた。
「っ、は、い、宜しくお願い、し、ます」
 するとナイツが首を傾げ、
「そういう堅苦しいの、無しでいいぜ?もう友達だろ?」
 友達。
 その言葉を聞き、とうとう涙が溢れた。
 心という孤独な鳥が、鳥籠から放たれ、大空へ飛び出したような……そんな気分になった。
「…!?お、おい、大丈夫か?」
「は、い。大丈夫で、す」
 知り合ってあまり時間は経っていない。しかし、彼女は何故か、自然と、ナイツを友達だと思うことが、受け入れることが出来た。
「で、で、も、この話し方は、染み付いてし、ま、っているの、で、慣れた、ら、頑張って、普通に、お友達、と、し、て、お話させて、頂、きま、す」
 途切れ途切れの拙い、ゆっくりな言葉を、2人はうんうんと聞いてくれた。そして、にこり、と微笑みかけてくれたのだった。

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