中編小説

□水葬
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#1 夏

出会ったきっかけは、そう、高校の部活だった。

文学愛好会という地味でひっそりとした、部活と言うにはあまりに部員の少ない、愛好会だ。

彼はその部活の1つ上の先輩。

東校舎、302教室。

校舎内で最も狭いこの教室に、放課後、7人の部員が集まる。

内5人は2年の先輩、僕を入れた2人が1年だった。

活動内容は小説を書くか読むか。

そんな感じだった。

夏休みにも特に決まった活動日はなくて、来たい時に来るという緩い集まりだった。

8月の半ば、気温は高くなる一方の中、僕は何とは無しに(暇だったのもあり)教室で小説を読んでいた。

そこへ、彼が来たのだ。

あぁ、来てたんだ、と言われた。

「夏休み中は誰も来ないと思ってた。
いつ来ても鍵が掛かってるから、俺が開けるんだ」

聞けば彼は、誰も居ない教室に、毎日来ているのだと言う。

「先輩は何処か出かけたりしないんですか」

「特に出かけようと思わないんだ。
両親は仕事で忙しいし、行きたいと思うような所もない。
あぁ、でも、そうだな。
海には行きたいかな。
好きなんだ、海。
でも1人で行くには場違いだと思わない?
特に今は」

「そうですね。
僕も1人では行けません」

この時思ったのは

何故、友人と行くという選択肢を選ばないんだろう。

先輩は決して友人が少ないわけではなかった。

話がつまらないわけでもないし、下手なわけでもない。

校内で見かける先輩はいつも1人ではなかった。

「あの、先輩」

「何?」

「誰か、誘わないんですか」

「え?」

「だって、1人で行けないなら、誰かを誘えばいいんじゃないかと思うんです」

それから先輩は少し考えた風に

そうか、うん

と言っていた。

それから察するに、先輩が本当に海へ行きたいと思ってそう言ったのではなかったのだと思う。

あくまで会話の中でふと出た言葉だったのだと思う。

そう考えた途端、僕は次に何と言って会話を続ければいいか解らなくなってしまった。

だから一言

そうですよ

と締めくくった。

茹だる暑さの外とは反対に、小さな教室の中は冷房が効いていて涼しかった。

静かな教室に2人。

普段はあまり気にならない自分の息遣いやちょっとした咳、先輩のシャーペンを動かす音なんかがよく聞こえた。

「先輩」

そういえば、先輩はどんな話を書くんだろう。

好奇心が口を突いて出た。

「先輩はいつもどんな話を書いているんですか」

動かしていた手を止めた先輩は、少し苦笑した様に笑って

「くだらない話。
電車の中とか、授業中とか、風呂入ってる時とか、テレビ見てる時にパッと思い付いた言葉を並べて話にしてるだけ」

「読ませてくれませんか」

「やだよ」

先輩の返事は早かった。

「どうしてですか」

「俺の頭の中、覗かれてるみたいだから」

でも、小説ってそんなものでしょう?

と続けようとして止めた。

野暮だと思った。

「いつか読ませてくださいね」

「そうだなぁ」

先輩は笑って軽く言った。

それから彼の小説を読むのはまた、少し先の話。
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