異世界への扉
□『おとぎばなし』のように
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何もすることがない明日香は宮廷内をひとり、散歩しているといつもの池のほとりに変わらず小さいままの井宿がいた。
珍しく釣り糸はたれておらず、水面を見ながら考え事をしているようだった。
『井宿』
「だ」
『まだ戻れないの?』
「どうやら時間の問題ではなさそうなのだ〜」
本気で悩んでいるらしく(当たり前)、明日香も隣に腰を下ろした。
『んー…変身した時、何かいつもと違う感じがした?』
「んー…これといって思い当たらないのだ」
『うーん……何か変わったものを食べたとか飲んだとか』
「ここで出されるもの以外は口にしてないのだ」
『じゃぁ…うーん……』
「……すまないのだ。明日香」
『え?』
明日香まで本気で頭を抱え始めたため井宿は申し訳なく思った。
「オイラの失態なのに、君まで悩ませてしまったのだ」
『気にしなくていいよ!だって困った時はお互い様でしょ?』
「…ありがとうなのだ」
『まぁ、私はこのままでも嬉しいけど』
「?…なぜなのだ?」
『だって可愛いから!小さい井宿ってなんだか愛でたくなっちゃう』
「だぁ〜…それはオイラが困るのだ。」
『あははっ、そうだね。でもどうしてだろうね…
うーん。太一君に、何か聞いてないの?術を使う時の注意みたいな』
「んー……邪念がある時に使うと、厄介なことになると…聞いた覚えがあるのだ」
『邪念?』
「術を使う時は気を集中させ、一切の邪念を捨てることが必要なのだ。少しでも集中を欠くと……」
『となると…昨日の夜、変身する時なにか井宿の集中を欠くことが起こったのか』
「……」
『…ん。井宿?』
「……どうしたのだ?」
『いや、急に黙ったから…なにか思い出したの?』
「いや……なんでもないのだ」
『んー…昨日、何か見たり聞いたりした?』
「……思い出せないのだ」
『そっかぁ』
しかし、井宿は思い当たる節があった。
が、それを言うに言えない。
『……あ、そうだ』
「だ?」
『ねぇ、“御伽噺”ってしってる?』
「おとぎばなし?」
『うん。私の世界でね、小さい子に読み聞かせる本なんだけど、色んなお話があってね
竹から生まれた女の子が大きくなって月に帰ったり、桃から生まれた少年が鬼退治に行ったり』
「ちょっと面白そうなのだ」
『色んなお話があるから面白いよ。あ、それで、魔法で姿を変えられた王子様が愛する人のキスで元に戻るってお話も素敵だったなー』
「……」
『だからね、井宿も好きな人とのキスで元に戻ったりしてーなんて、ちょっと思っただけ。ごめんね、なんか期待させるようなこと言っちゃって』
「……」
『…井宿?』
「…ありなのだ」
『え?』
「試す価値ありなのだ」
『え?え……?…井宿、気になる人でもいるの?』
「……」
戸惑う明日香に3頭身のままだが真剣な顔をして向き合った。
「君に、してもらいたいのだ。明日香」
『……え、』
「頼むのだ。このままではオイラ、一生このままかもしれないのだ」
『え…えっと……』
井宿はこの上なく真剣な顔をしている。
確かにこのままかもしれない。だけど、戻る確証もない。
だが、井宿がこのままなのもなんだかちょっと寂しい気もする。
『わ、分かりました』
戸惑いながらも明日香も井宿に向き合い、真剣になる。
「……では頼むのだぁ」
『は、はい』
ゆっくりと近づく明日香の顔。
目つぶってて…、なんて言おうとしたが、糸目だから見ているのか分からない。
フニっとした感触をほんの1秒ほど感じた。
次の瞬間、
「だぁ!」
『わぁ!?も、戻った…ほんとに!?』
「助かったのだぁ〜」
『え…あ……ほ、本当に戻った』
明日香はまだ信じられないと言う表情だが、井宿は真剣になり続けた。
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