Dream
□miss you…
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「あ〜。ちょっと聞いてよ名前〜!」
また始まった……
行きつけの居酒屋で同僚が愚痴をこぼし始めた。
お酒もまわって、いつにも増して饒舌になる。
上司に仕事を押し付けられるだの、残業で定時になかなか帰れないだの…
私は、うんうんと相槌を打つが、
実際は右から左に受け流してあまり聞いていない。
正直…面倒くさい…。
「ねえ、ちょっとー!聞いてるー!?」
あー聞いてる聞いてる。
『…聞いてるよ。大変だねえ、毎日』
心の籠っていない言葉を返す。
「でしょー?もう、本当嫌になっちゃう!」
…ああ、もう、帰りたい…………。
『…ん…?』
自分の鞄の中から携帯のバイブ音が聞こえた。
誰だろう…。
─氷室辰也
画面を見ると、久しく会っていない、
旧友の名前が記されていた。
『え、辰也…?』
急に電話だなんて、どうしたんだろう。
「え、ちょっとなになに、カレシ?」
『いやいや、そんなんじゃないよ。
ごめん、ちょっと席外すね』
私は一旦外に出て、着信ボタンを押した。
『もしもし?』
「ゴホッゴホッ…。あ……名前…??」
『え、ちょっ、酷い声じゃない!
風邪引いたの?熱は?』
久しぶりに聞いた彼の声は、酷く枯れていた。
咳き込んでいるし、息も荒くてすこし苦しそうだ。
「熱は38℃近くあって…。ゴホッ、病院で薬をもらったんだけど、
正直身体がかなり怠くて、ベッドから動けないんだ…」
『…そっかそっか、分かった。
今からそっちに行くから待ってて。
何かほしいものはある?』
「…冷たいアイスが食べたいかな…。
ごめんな名前……仕事で疲れてるのに…」
『私は大丈夫よ、じゃあ、またあとでね』
珍しく弱り果てた辰也の声は、不謹慎だけど、
なんだか新鮮だった。
辰也とは高校生からの付き合いで、
私はバスケ部のマネージャーを務めていた。
身体は強いほうだと思ってたんだけど…
仕事で疲れが溜まってたのかな…
家に着いたらあったかいお粥を作ってあげよう。
同僚に、友人の看病に行くと伝え、彼女を置いて居酒屋を後にした。
『車で15分ってとこか…』
ルートを見てみると、ここの居酒屋から辰也のマンションまで、割と近いようだ。
近くのスーパーに寄って、スポドリとか果物を買っていこうか。…あと、アイス。
電話を切ってからおよそ30分後、辰也のマンションに到着した。
インターフォンを鳴らして呼び出すのは辛いだろうと思い、
前に辰也からもらった合鍵でドアを開けた。
辰也が「万が一の時にね」と言って渡した合鍵だが、
当時は必要ないだろうと思っていた。
でもこういうときに役立つとは…。
辰也の部屋に着き、ノックしてドアを開けた。
『お邪魔しまーす…
って、うわぁ…』
玄関には履き捨てた靴、部屋中電気付けっぱなし、
廊下には乱雑にスーツが散乱していた…。
前にバスケ部のみんなでお邪魔したときは綺麗に整っていたのに。
余程余裕が無かったのね……。
キッチンに先ほど買ってきた果物やスポドリを置いて、
寝室に向かった。
『辰也、入るよ』
部屋が真っ暗で良く見えないので、スタンドライトを付け、辰也の枕元に行った。
薄暗くてもわかるくらい、辰也の頬は高熱で上気していて、
汗もびっしょりだった。
「…ん………、名前……?」
『そうだよ、辰也。
具合はどう…?』
「ああ…薬が少し効いてきたみたいで、ケホッ…さっきよりも少し楽だよ…」
『良かった。
水分摂ったほうがいいから、スポドリ持ってくるね』
スポドリを取りにキッチンに戻った。
汗をかいていたので、濡れタオルと着替えも寝室に持っていった。
スポドリを辰也に渡すと、ゆっくりと飲み始めた。
少し温くてあまり美味しくないかもしれないけど、
風邪をひいているときはこのくらいが丁度良い。
『汗かいて気持ち悪いと思って、濡れタオルと着替えを持ってきたんだけど、自分で出来る?』
「…うーん……。
ごめん、お願いしてもいいかな…」
そう言って、困ったように眉を下げて私を見つめてくる。
この顔に私は弱い。
その事を知ってか知らずか、お願いをするときは決まってこの表情をする。
只でさえ弱いのに、
今日は加えて、うっすらかいた汗に、潤んだ瞳ときた。
胸が少しざわめいたのを気付かぬふりして、
辰也の要望を受け入れた。
寝たままでは拭きにくいので、
辰也の肩と背中に腕をまわし、上半身だけ抱き起こさせてもらった。
『…じゃあ、拭いていくよ。
熱かったら言ってね?』
「ああ…」