高き陽に恋焦がれ

□第拾陸話
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良いこととは立て続けに起こるようで新たな日輪刀を手に入れるべく刀鍛冶の里を訪れた炭治郎が偶然にもその里にいた霞柱・無一郎と実弥の弟・不死川玄弥、そして少し離れた地にて別任務を終えた恋柱・蜜璃と共に里を襲撃した上弦の肆と上弦の伍を討ち取ったという報せが入ってきた。そしてその戦いにおいて禰豆子が陽の光を克服したというのだ。それらを聞き時血夜はいても経ってもおれず鍛練に来ていた小芭内に頼み込んで炭治郎達が療養中の蝶屋敷へと足を運んだ。

「……今回限りだぞ」

「本当に感謝してもしきれませぬ。この御恩は一生涯忘れません」

ふん、と顔を背けた小芭内に深く頭を下げ蝶屋敷の中を駆ける。陽の当たる廊下を避け辿り着いた病室の扉にそっと手を当てた。

「隊士様…おられますか?」

「え、その声…時血夜か?」

炭治郎のくぐもった声が聞こえ無事が分かりホッと息を吐いた。入る許可をもらいそっと扉を開けると寝台の上で上半身を起こした炭治郎が見えた。彼も彼でこんな昼間に時血夜が行動しているとは思いもしなかったのだろう。大きく目を見開いて固まっている。そっと近づいてチラリと全身を見ると大怪我に変わりはないが命に別状は無さそうだった。

「驚いた。今日もしのぶさんの?」

「いえ隊士様が大怪我をなされたとお聞きしまして…先日の上弦の陸との戦いの傷も癒えておらぬというのに無茶をなされたのですね」

「あ、はは……」

苦笑いをして頬をかく炭治郎に呆れたため息を溢す。しかし久しく会っていなかったが元気そうな姿を見て安心したのも事実。次の瞬間にはふふ、と笑ってしまう。

「あ!そうだ時血夜!禰豆子が!!」

「存じておりますよ。陽の光を克服なされたと」

「そうなんだ!今外で伊之助達と遊んでいて」

居場所を聞きその様子を陰からこっそりと見た。口枷を外した禰豆子はニコニコと笑いながら陽の光を全身に浴び駆け回っている。その姿を見て時血夜は膝から崩れ落ちた。片手で口元を覆い身体が震える。同じく震える唇から溢れた言葉は安堵の言葉だった。

「……良かった」

思わず安堵の溜息が零れる。これで禰豆子は太陽に怯える事なく過ごす事ができる。人も喰わないのであれば尚のこと。炭治郎の話では自我こそ取り戻せていないものの片言ではあるが話せるらしい。早々に起きない奇跡だった。

「良かった、本当に…良かった……隊士様、よく頑張られましたね」

涙はとうの昔に枯れ果てた為に流れなかったがきっと人であったならば泣いていただろうことが容易に想像できた。ふふ、と喜びに満ちた笑い声を溢しその場に腰を下ろした。

(……ただ鬼舞辻がこれを知らぬ筈はない。早々に妹君様を狙ってくる。つまり猶予は残されていないということ)

近いうちに鬼殺隊は鬼舞辻と正面衝突するのだろう。その時、自分は何をすべきか考えなくては。そう考えを巡らす時血夜の前に誰かの影が落ちる。顔を上げるとそこにいたのは禰豆子であった。首を傾げて時血夜を見ている。

「お久しぶりです。妹君様」

ニコリと笑うと禰豆子も笑顔で返し口を開いた。

「お、おはよう」

「はい。お早う御座います」

禰豆子は時血夜を陽の光の下へ連れ出すようなことはせず隣に腰を下ろすと先程伊之助にもらったらしい艶々と輝くどんぐりを見せてくれた。その様子が幼子のようで頬が緩んでしまう。つい母性が先走り頭を撫でてしまったが禰豆子は嬉しそうに撫でられている。

「ん?!あ、お前!!」

「あ、時血夜!!」

禰豆子を追いかけて来た伊之助と善逸に見つかり4人でどんぐりの見せ合いをした。伊之助は禰豆子を連れてまた走り回り善逸は疲れたのかそのまま時血夜の隣に腰を下ろした。

「伊之助の奴が禰豆子ちゃんを連れ回すんだもんな〜。少しは休ませてやれよ!!」

「嬉しいのでしょうね。まるで親鴨と小鴨のようで愛らしいです」

優しげに笑う時血夜をチラリと見て善逸は恐る恐るという風に口を開いた。

「……羨ましい?」

ドキリ、と心臓が嫌な跳ね方をした。善逸は耳がいい。いつもは伽藍堂でありながら暗い音を反響させる時血夜の音に違う音を聞いたのだろう。そして今の心臓の音も聞こえただろうからこれでは肯定したも同然。誤魔化すことなど出来ようはずも無いので時血夜は情けなく笑う。

「……はい、とても」

その笑顔は見ているこちらが胸を締め付けられるようであった。心底羨ましいと思っている。そして心の底から祝福できないことが申し訳ないと思っているからこその音であり、笑顔だからだ。

「妹君様はもう陽の光を恐れる必要は無くなりました。私の唯一の望みを、数佰年あまり焦がれ続けることをあまりにも簡単に為してしまわれた。羨ましく無いわけが御座いません」

醜い感情ですね、と自嘲気味に笑う時血夜に善逸は首を思い切り左右に振った。拳を握りしめてつい大きな声で言ってしまう。

「そんなことない!!誰だって妬み嫉みはあるよ!俺だって女の子にモテまくる炭治郎を何度羨んだか分かんないし!あ、そうだ。元柱の宇髄さんっているだろ?あの人普通に男前でさ!もう本当この世って不公平だよねッ!!」

時血夜を元気付ける為なのか、はたまた事実のみ言っているだけなのか分からないが善逸の話は面白くついつい笑ってしまい先程までの暗い感情はどこかに行ってしまった。ただ少しだけ、炭治郎が女性に好かれる、というところが引っかかった。左胸に手を当てても分かるはずもなく首を傾げてしまう。

「時血夜?聞いてる??」

善逸に呼びかけられハッとする。慌てて首を振り善逸の話に相槌を打ちながら話に華を咲かせた。
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