高き陽に恋焦がれ

□第陸話
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月が煌々と輝く夜。鬼殺隊本部、基産屋敷邸には再び隊士達が集まっていた。雲が月を隠し辺りが闇に覆われた時、お館様が姿を現した。全員が膝を下り頭を垂れる。お館様は童子達に手を引かれ座布団の上に腰掛けた。そして庭の隅に目をやるとそこから実弥に引きずられた『花嫁様』が現れた。

(!! いくら鬼だからって乱暴にしすぎだ…!)

炭治郎が驚くのも無理はない。髪を引っ張られ見えた背中には血の痕が古いものから新しいものまであり白無垢本来の美しさがまるでなかった。そのままどさり、とお館様の目の前に放られた。

「…妙な真似しやがったらこの場で斬り捨てる」

「…承知の上にございます」

ニコリ、と微笑んだ『花嫁様』。お館様に向き直り何からお話致しましょう…と呟いた後あ、と小さく声を上げた。

「まず大前提に鬼舞辻は鬼の居場所を把握しております。隊士様の妹君様はどのように回避されておられるのか存じ上げませんが、私もそれを回避しておりますので本部の場所が知られることはございませんのでご安心を。その説明は後ほどさせて頂きます」

腰を浮かしかけた隊士達だがお館様が手で制したために大人しく腰を下ろした。お館様が『花嫁様』に続きを促す。

「では私が行った隊士様方の神隠しについてお話をさせて頂きます。
 ……私の血鬼術は記憶の操作です。術を用いた相手様の記憶を見てそれを操作することが出来ます。隊士様方には私のいた街でずっと暮らし鬼の存在は知らぬものとして生活して頂きました。記憶を覗く等は触れれば行えます。しかし長く記憶を覗けば鬼舞辻に見つかりやすくなる。ですので覗く時間は短くなります。記憶の改竄は相手様の本名を知り尚且つ目を合わせなければ使えません。故に私は術を用いた隊士様方の名前はもちろん、過去も存じております」

『花嫁様』は振り返り深く深く頭を垂れた。「勝手な真似をしてしまい大変申し訳御座いませんでした」と心の底からそう思っているのだと匂いで、善逸は音で分かった。お館様に向き直り『花嫁様』は口を開く。

「私の目的は鬼舞辻をこの手で葬り去る事。そのために鬼殺隊は邪魔であったが為に神隠しを行いました。私の邪魔であったが為、そして鬼のことを少しでも忘れ平和に、幸せに生きていただきたいが為に街人を、隊士様方を神隠しに会わせました」

『花嫁様』は懐に手を入れて水晶を取り出した。黒い水晶だった。禍々しい澱んだ黒よりも暗い闇のような水晶。そこから無惨の匂いがした。

「無惨の、匂い…」

炭治郎の呟きに隊士達が一斉にその水晶を見た。『花嫁様』はそれを忌々しげに見て息を吐き出す。

「このようなもの本来なら持ち歩きたくはないのですが致し方無し…。取り出した記憶達はこのような水晶になります。これは術により多少の強化をしてはありますがとても脆く簡単に壊れてしまいます。壊れると本来の記憶が持ち主様に戻ります。私は十二鬼月であった頃、隙を見て鬼舞辻に術を用いて私に関する記憶を奪い支配を逃れました。これがその記憶達です。壊れれば最後、鬼舞辻に私の記憶が戻り私は殺される。故にこれは私の命と同等のもの。壊されるわけにはいかず常に持ち歩いております。私から鬼舞辻の匂いがしたのはその為でしょう」

水晶を丁寧に胸元に仕舞い姿勢を正す。『花嫁様』は言った。当時の上弦の鬼達の記憶も奪い持ち歩いてはいないが壊れることがないように街にあった屋敷の地下深くに隠してあること。街や街周辺に現れた鬼を喰いその鬼の記憶を見て鬼舞辻の情報を集めていたこと。喰った鬼の血鬼術が使えること。そうして力をつけ無惨を討とうと画策していたこと。口を閉ざした『花嫁様』にお館様は笑う。

「まだ重要なことを話していないよ。何故鬼舞辻を討ちたいのか。あと何故鬼を喰らうのか。喰った鬼の血鬼術を使えるから、というのが主な理由だろうけれど私にはそれ以外の理由がある気がしているんだ。良ければそれを教えてほしい。それに君の名前も知っておきたいところだね」

『花嫁様』はそれを聞くと重く口を閉ざしてしまった。俯き加減のその顔は炭治郎からは見えなかった。実弥に怒鳴られ微かに肩を震わせた彼女はその口を重々しく開く。

「………私が鬼になった頃、世は戦乱の最中でした。大名達が力を凌ぎ合い日の本統一を巡る戦いが各地で繰り広げられていた」

恐らく戦国時代であろうその時代から鬼として生きていたことに誰もが驚いた。そして納得がいく。だから少し古臭い物言いなのだと。

「…生まれたのは小さな村です。父と母は幼い頃に亡くなり私は姉と弐人だけで生きてきました。私が拾伍になった年に姉は祝言を挙げることになりました。良家の殿方と恋に落ち幸せな家庭を、未来を築くはずでした。………それを、私が壊した」
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