高き陽に恋焦がれ

□第弐話
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チュンチュンと雀の声が聞こえる穏やかな朝。とある家の中、敷かれた1組の布団の中がモソモソと動く。やがてそこから赤みがかった髪が顔を出す。「ん〜…」と声を出したその主はのそりと起き上がり着替えを手早く済ませると布団を畳んで仕舞い込む。その後台所で朝御飯の支度をし1人で朝御飯を食べ終えると仕事へ向かう準備。家の戸締りをしっかりとしていざ仕事場である山へ向かう。街の出入り口へ向かう途中で背後から声をかけられる。

「炭治郎くん、おはようございます」

にこやかに挨拶してくれたのは診療所の先生であるしのぶ。手には診察鞄を下げている。

「おはようございますしのぶ先生!これから診察ですか?」

「えぇ。木さんのお孫さんが熱を出されたそうで…」

「そうなんですか!…心配ですね」

眉を下げる炭治郎にしのぶはふふっと笑いかける。

「大丈夫です。私が診ますから」

それを聞いた炭治郎はそれもそうかと安心したように笑った。しのぶと別れ山にある炭焼き場にて空が茜色に染まるまで炭を焼く。それを背負い街で売り歩く。そんな炭治郎の背中に声をかける者が1人。金髪が夕日に反射してキラキラと輝く彼の名は我妻善逸。炭治郎の友人の1人だ。

「炭治郎〜!!」

「ん?あ、善逸!!」

手を振りながら駆け寄る善逸に手を挙げて応えると彼は笑って目の前で止まった。乱れた息を整えながら善逸は炭治郎の背負う炭を覗き込む。

「今日も売れたのか?」

「うん。あと松本屋のお婆さんの荷物運び手伝ったらお駄賃をもらってしまって…。いいって言ったんだけど後生だからって言われて……」

困ったように笑う炭治郎。善逸は相変わらずのお人好しだなぁと思いながらハッと思い出す。

「そうだ!今朝悪かったな…伊之助のやつ、寝坊しちゃって……」

彼の言う伊之助とは善逸と暮らしている猪の被り物を被った嘴平伊之助のことだ。炭治郎のもう1人の友人であり炭売りを手伝ってくれるのだが今朝は姿がなかったのは寝坊したためだったらしい。合点がいったと頷く炭治郎に伊之助に対する日頃の不満を暴露する善逸。炭治郎は眉を下げて口を開く。

「なぁやっぱり3人で住んだ方がいいんじゃないか?」

「いやそれはいい」

やけにはっきりした口調でキッパリ、キリッと断る善逸。これには理由がある。

「だって今住んでる家しのぶ先生の診療所のすぐ隣だから。し・か・も!!風呂場の!!1番!!近く!!他のどこの馬の骨とも知らない奴にしのぶ先生の湯浴みの水音を聞かせるなんて俺は俺が許せないッッッ!!!!!!だから絶対譲らないッッッッッッッ!!!!!!!」

耳が良い善逸は少し距離が離れていてもしのぶの湯浴みの音が聞こえるらしい。鼻息荒く語る善逸は大きく息をついて幾分落ち着いた様子で口を開く。

「…それに、伊之助もしのぶ先生のこと気に入ってるんだ。だから引き離すなんてできない」

言っていて恥ずかしくなったのかギャーギャー喚き出した善逸に頬が緩んでしまう。きっとどちらも本音だろうが後者が1番の理由だろう(と思いたい)。なんだかんだ言いつつ仲がいいことが改めて分かり上手くやっていけているようで安心した。ふと空を見上げると太陽が山に隠れる直前であった。

「すまない善逸!これから寄るところがあるから」

「あぁ、禰豆子ちゃんのとこ?」

「うん」

「俺も明日行こうかなって思ってるんだ」

「そうか!禰豆子も喜ぶよ!」

手を振り合って別れ街の奥まで歩く。すると一際大きな家がありそこそこ立派な門を潜り玄関から中へ声を掛けた。

「ごめんくださーい!!」

しかし返ってくるのはシン…という静寂だけであった。誰もいないのかと思い踵を返そうとした時よく利く鼻が匂いを捉えた。血を分けた妹の匂いだ。嬉々として振り返ると玄関から延びる廊下の先の暗闇からトタトタと足音が聞こえた。

「禰豆子!」

「ムー!!」

飛びついてきた禰豆子を抱きしめたついでに頭を撫でてやると嬉しそうに頭を擦り付けてきた。

「禰豆子、『花嫁様』はいるか?」

コクコクと頷いた禰豆子は廊下を少し歩いて振り返った。お邪魔します、と律儀に頭を下げて草履を脱ぎ禰豆子に続く。禰豆子は太陽の光が生まれつき苦手なため一緒に住むことが叶わずこの『花嫁様』の屋敷で暮らしている。炭治郎は毎日のようにここへ妹に会いに来ているのだ。2人で住むには些か広すぎる気がしないでもない屋敷の廊下を何度も曲がった先にある大きな襖を開けると奥に座る白無垢姿の女性。

「『花嫁様』!勝手にすみません…」

『花嫁様』はニコリと微笑んで駆け寄ってきた禰豆子の頭をフワフワと撫でる。禰豆子も嬉しそうに撫でられている。

「良いのです。それに妹君様がお出迎えに行かれたでしょう?ならば私が出迎えたも同義。妹君様は私の家族のようなものですから」

『花嫁様』にそう言われてホッと息を吐く炭治郎。ほぼ毎日と言っていいほどこの家に通っている炭治郎だが『花嫁様』を前にして緊張しない日はこれまで一度もなかった。そしてこれからも、ないのだろうなと漠然と思う。それほどまでにこの『花嫁様』は異次元な美しさなのだ。

「今日はこれから行かれるんですか?」

「はい。今宵は妹君様もお連れしようかと…。宜しいでしょうか?」

炭治郎は慌てて首を上下に振る。『花嫁様』のお練りに妹が同行する。兄として誇らしかった。

「でも『花嫁様』、毎回俺に許可を取らなくてもいいんですよ?禰豆子は昼は外に出られないからそれを思って夜連れ出してくれてるんですよね?」

そう言うと『花嫁様』はキョトリとした後に優しく微笑んだ。それを目の前にして炭治郎は顔を真っ赤に染めた。禰豆子が様子の可笑しい兄の姿に首を傾げて不思議がり『花嫁様』を見るが彼女は微笑んでいるだけであった。その後『花嫁様』は立ち上がった。

「…それでは、行って参ります」

ニコリと笑い部屋を後にする『花嫁様』。その美しい後ろ姿を見て炭治郎の体温は上がる一方だ。熱くなった顔をパタパタと手で仰いでいると不安げな顔をした禰豆子に覗き込まれ困ったように笑った。禰豆子もニコリと笑って『花嫁様』の後を追って部屋を出た。炭治郎も帰宅するために部屋を後にした。




















シャラン、シャランと鈴の音に合わせて歩を進める『花嫁様』。それに続く禰豆子は闇が支配する街を歩いている。毎晩恒例の『花嫁様』のお練り、だ。この鈴の音を聞くと幸せになると言われている。現にこの街で犯罪などは起こることはなく皆平和に暮らしている。それを守るためにも今宵も『花嫁様』はお練り歩く。すると『花嫁様』達が歩く前方からバタバタと大きな足音が聞こえてきた。現れたのは30代と思しき男性だ。息も絶え絶えになりながらもこちらに気づき泣きながら助けを求めてきた。

「た、助けてくれ!!化け物に襲われて…!!」

男性が走ってきた方向を見ると暗闇を人とは思えぬ速さで動き回る影があった。這っているのにも関わらず人の走る速度のそれと変わらぬ動きをしている者…鬼だ。キッと鬼を睨みつけ臨戦態勢に入る禰豆子の前にスッと手が差し出された。『花嫁様』のものだ。『花嫁様』は目にも止まらぬ速さで鬼の首に喰らい付いた。そのままバリボリと音を立てて喰い尽くすと男性に向き直る。男性はと言うと今目の前で起きたことが信じられずガクガクと震えて腰が抜けている。近づく『花嫁様』に叫び声を上げるが、それを気にした様子もなく彼女はしゃがみ込み男性の頭に優しく手を乗せた。

「御名前は?」

身体の震えが止まった男性が名乗るとその名を呼んだ『花嫁様』はそのままじっと男性の瞳を見つめる。

「今宵この場で見たことは忘れてしまいなさい。貴方様に…幸多カランコトヲ……」

そう言うと男性は意識を失い倒れてしまう。禰豆子が駆け寄り様子を伺う。

「大丈夫ですよ。また街人が増えましたね」

ニコリと笑い口元の血を袖で拭うと『花嫁様』はまた鈴の音を響かせて歩き出した。お練りはまだまだ終わらない。
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