短編

□衝動
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「痛っ…」

炭治郎と知里は蝶屋敷にて療養しており現在は動き回れるほどに回復した。蝶屋敷の主・しのぶに買い物を頼まれじっとしている性分ではないのと世話になった礼も兼ねて2人は揃って街に向かった。人通りの多い大通りにて付かず離れず歩いている最中、冒頭の言葉を知里が発したので炭治郎は足を止めて振り返った。彼女は顔を俯けて手で押さえている。

「大丈夫か?どうした??」

「なんか入ったのかも…」

目に何か入ってしまったのだろうか、擦ろうとするその手を慌てて止めたはいいがここは人通りが多く立ち止まっているのは邪魔になってしまう。考えた末炭治郎は知里の手を引き裏路地へと足を進めた。喧騒がぼんやりと聞こえるほど奥へ進んでやっと足を止め振り返りそっと知里の顔に右手を添える。炭治郎の方が上背があるため少し力を込めれば彼女の顔は簡単に上を向いた。

「擦ったら駄目だ。瞬きをたくさんして涙を流して塵を取るのが1番いい」

「うぅ〜!擦りたい!!」

「駄目だ!我慢だ!!ほら瞬きして」

擦らないようにと炭治郎が知里の両腕を彼女の背後で一纏めにガッチリと押さえている為に彼女は渋々瞬きを始めた。じっと見つめていれば徐々にそこは潤み始めた。懸命に瞬きを繰り返してやがてポロリと一筋の涙を零す。

「ん?取れた!もう痛くない!ありがとう炭治郎、もう大丈夫だよ」

「本当か?ちょっと見せてくれ」

じっと知里の瞳を覗き込めばそこはいつも以上に潤み髪と同じ真っ黒な瞳がキラキラと瞬いて炭治郎は息を呑む。笑顔で礼を言った知里だが、何の反応も無くなった炭治郎を不思議に思い見つめると彼も知里を見つめ返しているので驚いた。炭治郎はただただじっと彼女の瞳を見つめている。

「な、なに?ていうかあの…そろそろ辛いんだけど」

ずっと上を向かされている上に両手は背中で拘束されたままだ。いくら鬼殺隊士とはいえ無理な体勢は辛い。普段通りの彼ならばすぐ様その手を離しただろうにどうにも今の炭治郎は様子がおかしい。未だに知里を見つめ続ける彼に首を傾げる。

「だ、大丈夫?なんか私ついてる??」

知里の呼びかけに一切応えない炭治郎は彼女の瞳を見て少し落胆した。先程まで潤んでいつも以上に輝いていた瞳はまるで星が瞬く夜空のようであったのに涙を流し切った今はいつものような鈍い輝きに戻ってしまった。それは悪い事ではない。むしろ普段もそれはそれは美しいものなのだが初めて見たあの輝きを炭治郎はもう一度見たいと思ってしまう。

(…どうすれば)

そうしてやっと知里が何か言っていることに気付くのだが目先の欲に囚われた我慢強い長男は両手を解いた瞬間、我慢出来ず今度は両手で彼女の頭を固定した。

「は!?」

両腕の自由は取り戻したが首の角度は変わらない事態に知里も驚きを隠せない。炭治郎の両手を引き剥がそうと力を込めてもびくともしない。そこは流石男、というところだろうか。

(って!そんなこと考えてる場合じゃないし!!)

この状態ならば文句の一つや二つ言われたとて仕方ないだろうと思い炭治郎に向かって口を開こうとするが彼の方が早かった。黒い瞳に赤い舌が映り込み呆けた瞬間、

「んぎゃっ!?」

あろうことか炭治郎が知里の眼球を舐め上げた。もちろんこんな事は今までに経験したことのない知里は驚き肩を跳ねさせる。そんなことをしても炭治郎は何も言わず眼球に舌を這わせている。

「やっなに…やめて!やだ!!」

視界を覆うのは近すぎて黒に見える舌。顔は固定されている為に逸らすことも出来ない。未知の感覚に涙が滲むもそれすら舐められ吸われてしまう。

「やだやだ炭治郎…なん、か…変だよ…っ」

舐められているうちに何やら奇妙な感覚に捉われる。眼球に濡れた舌が触れるたびに腰が跳ね背筋にゾクゾクとした何かが走る。気持ちいいような、不快なようなそれは初めてのものでどう扱っていいか分からない。

(そろそろいいかな)

最後に一舐めしてぢゅうっと吸い上げて顔を上げた炭治郎はすかさず知里の顔を覗き込んで、呆気に取られた。予想通りに瞳は夜空色に戻ったが当の本人の顔は真っ赤に染まり口はだらし無く開き少々荒い呼吸をしている。その姿を見て炭治郎はゾクリとした。

(可愛い…)

もっとしたらもっと可愛くなるのだろうか、そう思い立ち再び迫る炭治郎の顔を知里は両腕で止めた。が炭治郎も我慢出来ないのかぐぐっと力にものを言わせて迫ってくる。

「やだっ!もう駄目!どうしたの炭治郎!おかしいよっ」

早く舐めたい炭治郎は彼女の抵抗に少し苛立ち近くにあった家の壁に彼女の身体を押し付けた。足を知里の両足に割り込ませ驚き抵抗を緩めた隙に今度は逆の目を舐める。

「やだッ!炭治郎やだよッッ!!やめてッ!!」

閉じようにも閉じられない瞼に逃げられない身体。炭治郎の身体を押しやろうとするも舐められるたびに身体から力が抜けるようで思うように抵抗出来ない。

「あっ…やだぁ、っ!やめて…!!」

またも背筋に悪寒のようなものが走る。嫌なのに、続けて欲しいような…自分でもよく分からないそれに身を任せるのは酷く怖かった。ボロボロとよく分からない涙が溢れる知里の顔を間近で見て炭治郎は嬉しくなる。

(可愛い…こんなに顔を赤くして…それになんだろうこの甘い匂いは?)

恐らく知里から香ってくる甘い匂いは嗅いでいると頭がくらくらする。しかし不快なわけではなくむしろ肺いっぱいに嗅ぎたいぐらいだ。息を吸い込んで思い切り嗅ぐとずん、と腰が重くなったように感じた。

「ぁ、炭治郎ぉ…!」

その呼びかけに漸く満足したのか、炭治郎は音を立てて吸い上げてやっと顔を離し手を顔から肩に移動させてまじまじと知里を見る。先程より赤みが増した顔に涙で濡れる頬。それらを目にしてさらに腰が重くなる。

「知里…」

喰らいたい、とらしくないことを思った炭治郎が彼女の頬に手を伸ばしかけた瞬間、彼の身体が吹っ飛んだ。地面に転がった炭治郎は頬に尋常ではない痛みを感じる。知里が頬を叩いたのだ。炭治郎の頭突きと同じぐらい恐れられている彼女の平手打ちが直撃した。

「〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!!」

温厚な知里からは想像できない罵詈雑言を赤い顔で、しかも早口で言った為に炭治郎は何一つ聞き取れなかった。聞き返す間もなく走り去る知里を追うこともできず炭治郎は無様に地面に転がったままだった。






















普段の倍以上の速度で蝶屋敷に辿り着いた知里はその足でしのぶの元へ向かった。毒の研究をしていたしのぶは驚いて目を見開く。

「胡蝶様!聞いてください!!」

「あらお早いお戻りですね。頼んだものはありましたか?」

頼んだもの…?首を傾げる知里は街に赴いた本来の目的を思い出しハッとする。見事に忘れていた。それはつまりお使いに失敗したことを意味する。知里の表情から全てを察したしのぶは頬に青筋を浮かべた。

「こ、胡蝶様!これには深い事情がッ!!」

「あれは今日しか街に出ないと言ったものですよ?次に出るのは半月後。貴重な薬ですから仕方ないですが何のために貴女を向かわせたと思ってるんですか??」

般若でも背負っていそうなしのぶに知里は今しがた起きた事を懸命に説明した。しのぶはふむふむと興味深げに聞いてやがてコクリと頷いた。

「なるほど、ならば仕方ないですね」

「胡蝶様っ!!」

パァアと顔を輝かせる知里にしのぶは女神のような微笑みを浮かべ鬼のような発言をした。

「炭治郎君ともう一度薬を買って来てください」

「胡蝶様話聞いてましたよね!?なんでそうなるんですか!?」

「その方が面白いので」

笑顔でさらりと恐ろしい事を言う蟲柱の方が鬼の頭領より余程恐ろしい。知里は縋り付いて許しを乞うがしのぶは首を縦に振らなかった。渋々炭治郎を迎えに行こうと立ち上がるがその肩に彼女の鎹鴉が降り立ち任務を告げた。普段ならば顔を顰める知里だが今回の任務ばかりは感謝した。

「胡蝶様!私任務が入りましたのでそれではッ!!」

そう言うと知里は音柱よりも早く蝶屋敷を後にした。しのぶは残念そうに肩をすくめ研究に戻るのであった。





(薬はちゃんと炭治郎が買ってきたよ!!)



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