高き陽に恋焦がれ

□第拾陸話
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まだ陽の高いうちに藤の屋敷に帰ろうと小芭内を探すも小芭内は火急の用にて帰ってしまったとしのぶから聞き時血夜は途方に暮れた半分微笑ましく思った。恐らくは文通相手の蜜璃に何かあったのだろう。2人の関係を陰ながら応援している身としては微笑ましいことこの上ない。それはさておき帰る術を無くした時血夜は夜まで蝶屋敷でお世話になることになった。しのぶの毒の研究に勤しんだり看病の手伝い等をしているとあっという間に日暮れとなりいざ帰ろうとすると炭治郎が声をかけて来た。

「今晩皆で散歩に行こうと思うんだ。鈍った身体も動かしたいし時血夜もどうだ?」

時血夜としては何故自分を誘ったのか理解に苦しんだ。もしかしたら今この瞬間も藤の屋敷に隊士の誰かが鍛練に来ているかもしれないと思い付きやんわりと断ると炭治郎が眉を下げた。

「そうか…時血夜は昼出歩けないからせめて夜だけでも、と思ったんだが……」

「はぁ……」

益々持って意味が分からない。確かに太陽に焦がれ続ける毎日であるがそれと夜の散歩に何の関係もない。陽の光の下を歩けない、それが当たり前なのだが何故彼はそんなに悲しげなのだろう、と考えて時血夜はハッとする。

(先程身体を動かしたいと申しておりましたから…もしや軽く鍛練を?)

屋外であれば鬼と遭遇する確率も極めて高い。それを想定した鍛練をしたいのだと思った時血夜は大きく何度も頷いた。

「承知致しました。この時血夜、全力でお相手致します。但し!お怪我が悪化為さると本末転倒に御座います故に貴方様が何を仰ろうとも私が止めと思えば即止めさせて頂きます!!」

「う、うん?」

炭治郎としては(不本意だが)飼われている時血夜の少しの気晴らしになればと誘ったのだが当人にそんなこと露知らずただの散歩に勝手に意気込むのであった。





しのぶの話によると蝶屋敷の程近くに花が咲き誇る野原があるらしく一行はそこに向かうことにした。教えられた通りに行くと月明かりに映える花々が風に踊る野原に出た。

「うわ〜!すごい綺麗!禰豆子ちゃん、行こ行こ!!」

「? うん!」

分かっているのかいないのか、大きく笑顔で頷いた禰豆子の手を引き善逸が駆け出す。伊之助はというと月明かりの中舞う珍しい蝶を見つけそれを追いかけ走り回っている。

「ちょっと!危ないでしょう!!」

「うるせー!チビ!!」

「はぁ!?」

しかし走っている最中座って花を見ているアオイに注意されそこで喧嘩が勃発。アオイと共にいたなほ、すみ、きよはオロオロとしている。炭治郎がそれを嗜めようとすると腕を引かれた。

「ん?どうした玄弥??」

腕を引いた張本人は炭治郎の腕を掴んでプルプルと震えている。首を傾げているとくわっと顔を上げ噛み付くように言った。

「炭治郎!お前ッ…どういうつもりだッ!!」

「え、な、何がだ??」

いきなりの剣幕に驚きついどもる炭治郎を他所に両肩を強く揺さぶって玄弥は吠える。

「こんなにお、女の子がいるなんて聞いてないッ!!なんてとこ連れて来たんだッ!!!!!」

「えぇー!?」

炭治郎としては玄弥のみならず皆の交流の場となればと思って連れ出したのだがどうやら玄弥には逆効果であったらしい。赤い顔をして野原の隅でちょこんと座り固まってしまった玄弥にかける言葉もなく戸惑っていると炭治郎、と控えめに声をかけられた。

「カナヲ」

「あの…作り方、教えてほしく…て……」

チラリと見た先には禰豆子に花冠を作っている善逸の姿が。それを見て納得した炭治郎は快く頷いてカナヲと共に花冠を作り始めた。一方野原の隅に腰を下ろす玄弥は隣に気配を感じた。

「お隣宜しいでしょうか?」

時血夜だった。彼女に初めて会い声をかけられた玄弥は無意識に息を止めるほど硬直した。月明かりの中佇む彼女はまさに息を呑むような美しさであったからだ。思春期に突入した玄弥は特にそう強く思ってしまい脈が狂ったように心臓が暴れ出した。微動だにしない玄弥に首を傾げつつ隣に腰を下ろす時血夜は玄弥ににこやかに話しかける。

「お初にお目にかかりますね。私は時血夜と申します。隊士様は……もしや風柱様の弟君様で御座いますか?」

いきなり話しかけられたことにも驚いたがその小さな口から兄の名が出たことに驚いた。思わず時血夜を見つめてしまう。彼女は見ただけで血の遺伝等々が分かることを教えてくれた。それを聞いて納得する。

「お強い兄上様で御座いますね。弟君様も兄上様のような柱様に?」

「あ…いや、俺は……」

つい昔のことを思い出し言い淀んでしまうが玄弥は実弥に謝りたいこと、しかし剣の才能がまるで無く鬼喰いをしていることをつらつらと話してしまった。時血夜は悲しそうに顔を伏せる。

「……私も同じ者でありますので言える事ですが鬼喰いは褒められるものではありません。命に関わる事に御座いますから早々にお止めになられた方が良いかと」

「……分かってる。けど俺も兄ちゃんのこと守りたくて…」

「左様ですか」

「でも、時々思うんだ」

「兄上様は弟君様のお気持ちを分かっていらっしゃらないと感じる時がある、と?」

時血夜の言葉に思わず玄弥は弾かれたように彼女を見つめてしまう。何故分かったのか、目線で訴えると時血夜は静かに見つめ返して答えた。

「私にも姉がおりましたから…上の者というのは等しくそうなのでしょうか。妹や弟が兄や姉と同じようにその人の幸せを誰よりも願っているというのを分かっておられぬ時があるように感じてしまいます」

時血夜の言うことがよく分かる玄弥は深く頷いてしまう。それを見て可笑しそうに笑う時血夜に緊張が解れていくのを感じ気付けば固まった身体を伸ばすように野原に足を投げ出していた。目を花畑に向けると視線の先で炭治郎達が花冠を作っていた。炭治郎の作った少し不恰好な花冠を頭に乗せて禰豆子が楽しそうに笑っている。

「…きっとあの兄妹もそうなのかな」

「そうでしょうね。特に隊士様は妹君様を人に戻す事に心血を注いでおられますから。更に申し上げますに御友人の隊士様方も御二人の幸せを願っておられます。鬼であらせられる妹君様を蔑ろにしておられませんから」

玄弥と同じように目を向けて微笑む時血夜を見て玄弥はしみじみと思う。

(悲鳴嶼さんが言ってた通り、変わった鬼だな…)

そしてもう一つ、よく炭治郎達を理解しているなと思うのだ。姉がいたというだけでない理解力があるように感じてしまい、共に任務をこなした数は少ないだろうによくここまで分かるものだと感心してしまう。

「大好きなんだな、アイツらのこと」

「えぇそうですね。特に………」

不自然に言葉が途切れたのが気になり時血夜に目を向けると彼女はハッとした顔をして口元を押さえている。

「どうした?」

そんな玄弥の問いかけに反応すら出来ないほど時血夜は驚いていた。自分自身に。

(今私…何を……?)

何を口走ろうとしたのだろう。そう考えた瞬間に浮かんだのは1つの答え。そしてそれに酷く納得してしまう。

(あぁ…そうか、私にもこんな感情が……)

ふぅ、と息を吐いて顔を上げた時に目に飛び込んできたのは仲睦まじく笑う男女の姿。それを見て、自嘲してしまう。

(なんて…愚かなで不毛な……)

ふふ、と思わず笑ってしまった。隣の玄弥は首を傾げているのが視界の端に映る。それに曖昧に笑い返す事で応えるとまた自嘲の笑みを浮かべた。自分がとても滑稽だったからだ。

「……お気になさらず、弟君様」

「あ、あぁ…?」

納得していない様子の玄弥を他所に己の左胸に手を当ててみる時血夜。確かにそこは脈打ち温かかった。そこをそっと撫で笑顔を浮かべると時血夜はまた玄弥に向き直り会話を再開させた。
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